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006 旅人と村長

そしてこの状況である。


「どうか、どうか命だけは! なんでも差し上げますから命だけはご勘弁を!」


 地面に額をこすりつけひたすらに命乞いをする老人。


「いや、だから何もいらないし殺したりもしないから」


「今この村にはしがない歳老いた私しかおりませぬ、さらう価値もないただの老いぼれでございます。

ですからどうか命だけはご勘弁を!」


「うん、命はとらないから安心してくれ」


「平に平に、どうかご容赦を! たいした物はございませんがなんでも差し上げますから!」


「あー、なぜだ、なぜ話しが通じない」


 立ったままこめかみを指先の爪でぽりぽりとかく圭。


 先ほど目が覚めた老人は魔族の圭を見るなり、ソファーから飛跳ねて老人とは思えないほどのスライディングで土下座をかました、そして圭がやさしく話しかけるもひたすらに命乞いしかしない。

 混乱しているのか気が動転してるのか、しかしその姿勢からは一刻も早く家に入り込んだ魔族に立ち去ってもらいたいという必死な訴えをかもし出していた。


 管理者のシエルが言っていた「こちらの言葉が通じないかもしれない」というのはこの事だったのか、と圭は思い出しながら考える。


 よく見ると老人が土下座している地面に黄色い水溜りが広がっていた。

 漏らすほどの恐怖って魔族どんだけ恐れられてんだよ、この先まともに意思の疎通が図れるんだろうか。

 

 老人が不憫に思えてきた圭は語りかけるのをあきらめ、いったん家の外にでることにした。






 さて、作戦会議だ。

 いったん井戸の広場まで戻った圭は最初に座っていたいたベンチに再び腰を下ろす。

 このまま他の場所に行くことも可能だが、それではこちらの欲しい情報がまったく手に入らない。

 異世界初心者の身としてはこの辺の地理事情と各種族を含めた生態系、更には魔族と人間側の勢力関係とかも把握しておきたい。

 なのに貴重な第一村民会えたはずなのに命乞いしかされないこの状況。


「ふうー、困ったなぁ」

 

 ベンチに背を預けもたれかかりながら空を仰ぎそうつぶやく。

 真夏程ではないが昼時の太陽はそれなりの高さにあり圭の目には眩しく見えた。

 手を顔の前にかざし細めた目をかばう。


 人間を助けるどころか、俺自身が困り事の原因になってるっぽい。

 村に魔族が来るとかどう考えても厄介事でしかないよな。

 しかしなんとかしないと先に進めないのも事実。


 今のこ村をあきらめて別の人間の集落を見つけたとしても、恐れられてまともに話しができないのであれば、結局はどこに行っても結果はかわらないということになる。

 ここでうまく対処できない奴にこの先対処ができるはずがない。



 それに気なることがひとつある。

 扉越しに老人が言っていた「助けが来たのか」という台詞。

 そしてほぼ無人のこの村。

 『助け』というのはどうみても老人個人に向けての『助け』ではなく村全体の『助け』なのだろう。

 

 困っているんだったら力になりたい。

 そう、俺はその目的があってこの世界に来たんだ。

 いわば初仕事、このチャンス逃してなるものか、ポイント獲得のために何がなんでもやらなければならない。


「で、問題はどうするかだよな」


 この見た目がダメなら何か手立ては……。


「あーーーーーーーっ!! その手があったか!」


 奥田圭、25歳独身、童貞、何か思いついたようである。





 再び老人の家。


 家の中では老人がすでに濡れた服を着替えていて床を雑巾でふき取っていた。

 いきなり現れた魔族がこの家から出ていってから、しばらくは放心状態だったが、その放心から立ち直ると自分で汚した床を掃除していた。


 魔族に会うのは初めてで、さらにその魔族を目の前にして今こうして生きている。

 僥倖としかいいようのない幸運だろう、殺し、奪いが当たり前と噂で聞く魔族。

 あまりの恐怖に自分が何を口走っていたかさえ覚えていない、だがこうして見逃してもらえたということは、魔族の機嫌を損ねるようなことはしなかったという結論になる。

 この村はもうダメなんだろうか、一瞬そんな考えもよぎる。


 3日前、村に一角狼の群れが出て、混乱の中勇敢な男手がその犠牲になり、村全体が混乱しながらもなんとか女と子供を隣村まで避難させた。

 なにかあった時のために村長である自分はこの村に残り、避難した村民には領主様に狼討伐の応援を要請してもらうよう言伝をしてあった。

 とはいえ馬を使っても領主様の元に要請の話しが届くのに3日はかかる、そこからこの村に向けて馬で駆けてもさらに3日。

 考えてみればこんなに早く助けが来るはずも無かった、まだ3日しか経っていないのにそこに訪問する者が来た。

 わかってはいても期待を膨らませてしまうのは人ならば誰でも同じであろう。

 狼を止めるために犠牲になった男衆は1人2人ではない、混乱の中正確には数えていないが10人は戦ったはずだ。

 少なくない村人が狼の犠牲になり、恐怖におびえる極限状態のまま領主様の助けを待つ。

 この家に隠れているとはいえ狼に襲われない保障はどこにもない、音をたてないように、夜も明かりをつけないようにしてじっと耐える。

  

 そして扉を開けてみれば魔族が立っていたのだ、緊張の糸が吹き飛び失神し、さらに失禁したとしても誰にも責められる謂れはない。

 そう、これはただの不運だ、そう自分に言い聞かせる老人の姿はどこか哀愁がただよっていた。

 


 かがめていた体勢から体を起こし「ふうー」と腰に拳をあてながら息を漏らす。

 台所の水場に行き木桶に汚れた雑巾を入れると同時に家の入り口がノックされた。


 老人が返事をする前に扉が勝手に開き訪問者が家の中に入ってきた。


「失礼、旅の者だけど少し休ませてもらえないだろうか」


 老人が振り向くとそこには汚れた布を一枚全身に羽織った者が立っていた。


「おお、旅のお方ですか、何もないところですがどうぞどうぞ」


「すまない、少し休ませてもらうよ」


 男はそういうと扉を閉め、テーブルの横にあった椅子に腰をかけた。

 全身を布で覆っているものの、老人の目にその身長はとても高く見えた。

 旅人が一枚布を外套代わりに羽織って旅をするのは別に珍しくない。

 野宿をするときは毛布代わりになるし、暑い日差しから身を守り、冬は防寒の役目も果たす。


 だがこの男は家に入っても頭に被った布をめくることもなく顔を見せなかった。

 しかしそれを不審に思う老人ではなかった、たまにこういう旅人もいるのだ。

 長いこと村長をしているとこういう『わけあり』の旅人の相手をすることもある。

 それは追われている身の者であったり、お忍びの旅人であったり、事情は様々だが、皆だいたい顔を見られるのを嫌がる、

事情を察し聞かれたくなさそうなことは聞かない、それが村長として旅人を対応するルールとなっていた。


「何もおかまいできませんが、ゆっくりしていってください」


「ありがとうございます」


「今、この村はちょっと大変なことになっていましてね、村には村長の私一人しかいないんですよ」


「ああ、なるほど、そうだったんですか、どおりで訪ねる家に誰もいないわけですね、

何軒か訪問して誰もいなかったんで不思議に思ってたんですよ」


「旅人さんにはあまり関係のない話しなんですけどね、実は3日前に狼が出たんですよ」


「狼ですか、それは大変ですね」


「ええ、それもただの狼ではなくあの一角狼です、さらに群れで出たんですよ」


「イッカクオオカミ?」


「そうです、1匹倒すのに兵士20人は必要と言われるあの一角狼ですよ、それで村の者は私以外隣村に避難しているというわけです」


「その、もしかしてイッカクオオカミって頭に角が生えてる大きな狼ですか?」


「ええ、そうですよ、獰猛でもし出会ったら死を覚悟しなければならない危険な魔獣です」


「あぁーーー、やべっ」


「どうかなさいましたか?」


「い、いえ、な、な、なんでもないです」


「旅人さんもお帰りの際には気をつけてくださいね、一角狼は森のほうからこの村にやってくるので、くれぐれも森には近づかないでくださいよ」


「はい、狼は怖いですからね」


「この村は狼なんか出ない平和な村だったんですけどね、どうしてこんなことになったのか」


「だいぶお困りのようですね」


「ええ、一応領主様に討伐の要請は出したのですが、相手が一角狼となるときちんと領兵をまわしてもらえるかわかりません」


「なるほど、私ではお力になれませんが……、もしかしたら彼ならなんとかできるかもしれないですね」


「なんとかできるってそんな人がいるのですか?」


「実はですね、あまり大きい声では言えないんですが、私、知り合いに魔族がいるんですよ」


「魔族!?」


「ええ、魔族です、彼なら一角狼でも普通に倒せるでしょうね」


「し、しかし魔族ですよ! あの魔族ですよ!」


「確かに魔族なんですけどね、彼はちょっと変わった魔族でわりと面白い奴なんですよ。

一般的に言われている魔族とは正反対で、やることなすこと全部魔族のそれとは違うんです」


「違うというのは?」


「まず彼は魔王側についていないんです、基本的には自由な旅人なんです。

そして人を襲うこともなければ、殺すこともしない、何者にも縛られないかわりに誰の味方でもない。

ただ旅をすることを楽しんでいる自由気ままな魔族なんです」


「そんな魔族がいたとは知りませんでした」


「私も旅先で初めて彼に会ったときは恐怖のあまり命乞いをしましたよ、でも実際話しをしてみるとただの旅人なんですよこれが。

それでしばらく一緒に旅をしたこともあったんですけどね、最近噂でこのあたりに1匹の変な魔族が出たと聞きまして。

多分彼なのかなと思って、また会ってみようとこのあたりに来てみたんですよ」


「そうだったんですか、それはそれは……、ってあれ? あああああああああああ!」


「どうしたんですか?」


「私、会ってます! 多分その魔族に会ってますよ!」


「え?彼に会ったんですか、それはいつです?」


「いつもなにもついさっきですよ、ほんの少し前に!」


「それじゃまだ近くにいるかもしれませんね」


「殺さず奪わず、ただ居ただけ、今の話を聞いたら間違いないでしょう、その魔族ですよ」


「そうですか、それでは彼を追いかけて行くとしますかね、お世話になりました」


「あ、あの……」


「ああ、大丈夫ですよ、彼に会ったら一角狼の話しはしておきます、協力が頼めたのならここにもう一度来るように言っておきますから」


「ああ、ありがとうございます、なんとかしていただけたら何でもお礼は致しますので、

是非にお願いいたします、どうかこの村を!」


 そう言うと村長は旅人に深く頭を下げた。下げた頭の下の地面にポツポツと雫が落ちたのを旅人は見なかったことにした。

 扉を閉め外に出る旅人、村長は扉のほうに向き直りもう一度深く頭を下げるのだった。




 そして広場のベンチ。

 全身に羽織っていた一枚布をバサっとはがした圭は「うっしゃーーー!」と歓喜の声を上げながらベンチにドカっと腰を下ろした。

 ちなみにこの一枚布はそこらへんの家から失敬したベットシーツ、旅人っぽくみせるために地面にこすりつけてわざと汚れをつけておいた布である。





 舞台は整った、あとは魔族の俺がこの村を救うだけだ!


 さあ待ってろよ村長!カッコ良く決めてやるぜー!



作品の続きが気になる、もう少し読みたいかも。

という方はぜひとも評価とブクマをお願いします。

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