031 旅立ち
翌朝。
「ん? なんだこれ」
目を開けた圭の視界には、顔の上に乗っている何かが見えた。
白く、紙のようなそれをつまむと封筒だった。
達筆な大人の文字で『圭へ 母より』と書かれていた。もちろん圭にしかわからない日本語で。
来た、来てしまった、忘れてたけどシエルからだ。
妹の次は母かよ。
開けたくない、前回同様嫌な予感しかしない。
でもリーゼが起きる前にコイツを読まないと、中身をリーゼには見られたくない。
会話を知られたくないとかではなく、あのアホをリーゼには見られたくないのだ。
そっと腕枕を外し、家の外に出る圭。
まだ誰も起きていない広場のベンチに腰をかけ。
気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。
「スー、ハー、よし! 覚悟はできた、かかってこいやシエル!」
封筒からから取り出した便箋には見覚えのある魔方陣。
魔方陣が光り出し、ノイズと共にホログラムが浮き出る。
モコモコのショートパーマのヘアスタイル。
目尻のピッ●エレキバン。
割烹着にエプロン。
右手にふとんはたき。
左手には長ネギの飛び出た買い物カゴ。
短いソックスにつっかけサンダル。
またしても口に出してはいけないアレだった。
「圭! あんたはもう、ずっとお母さんに連絡もよこさないで!
ちゃんと元気でやってるの?
ちゃんと食べてるのかい! もうお母さん心配で心配で」
覚悟を決めたはずなのに、すぐさま心が折れた圭は、そっと便箋を閉じた。
なんなんだ、この茶番は。
便箋の中からくぐもった声がする。
「ちょっとタカシ! アンタまたそうやって部屋にひきこもって!
出てきなさい! お母さんは悲しいよ!」
「俺はタカシじゃねーよっ! 圭だ!」
勢いよく便箋を開けてツッコむ圭。
「もう、圭は、25にもなってパンツ被って! なにやってんの! 情けない。
お母さんは圭をそんなふうに育てた覚えはないよ!」
「誰のせいだと思ってんだこのクソシエル!
パンツ以外もそうだ、なんなんだよこの変態スキルは!」
「まあこの子は、お母さんに向かってなんて口の利き方なのっ!
そんなこと言う子には、お母さん全体攻撃しちゃうわよ!
さらに1ターンで256回も攻撃しちゃうわよ!
どう? バブみを感じる?」
「すいませんでした、ホントに勘弁してください。
ガチで各方面に訴えられるんで、そういう発言はマジで勘弁して下さい」
作者すら殺しにかかってくるシエル。
というか書いてて冷や汗しか出てこない件。
「ところで圭、そろそろ良い人いないの?
田中さんとこの香波ちゃん、結婚したらしいわよ?
もうアンタがモタモタしてるから、なんでちゃんと捕まえないよの、この甲斐性なしが」
リアルだ、リアル幼馴染の名前出された。
これは酷い、酷すぎる。
小中高と一緒だった幼馴染、そして初恋の相手だった、高校の時にフラれたけど。
告白シーンが鮮明によみがえる。
『あ、ゴメン、勘違いさせちゃったね、そういうつもりじゃなかったんだけど。
良い人だとは思うんだけど、カレシにするとなると、なんか違うっていうか』
この言葉を最初に言われたのが香波だった。
そうか、結婚したのか。
一回死んだけど、もうダメ、死にたい。
思い出したくない過去のモテない系トラウマ。
俺が何か悪いことしたのだろうか?
いや、罪は背負ってるけどさ。
それとこれは別問題じゃね?
なぜこんなにもエグってくるのだ。
てかシエルは俺の味方じゃなかったの?
「あの、シエルさん」
「お母さんて呼びなさい」
「はい、お母さん、もう俺のライフはゼロだよ。
頼むから古傷エグるのやめて」
かかってこいや、と意気込んだ圭は、1Rももたずにマットに沈められた。
「ところで圭、そろそろ次の街に行く頃だと思います。
そこからは王都を経由して、隣の国へ行きなさい。
最終的には西のリスタット王国へ、そこが魔族に攻められてる国です。
魔族の勢力圏から一番近い国になります。
よいですか、くれぐれも進むべき道を間違えてはなりませんよ。
人類を救うのですよ」
「リスタット王国か、わかった、最後はそこに行けばいいんだな。
それとさ。
スキルの内容、あれなんとかなんねーの?
変態すぎて俺さ、心が折れそうなんだけど、むしろ折れた」
「なんともなりません、お母さんからの愛のこもった試練です。
それとこの世界に青少年保護条例はありません。
パンツ被ってヤっちゃいなよYOU!」
真面目な台詞言ったかと思えばコレだ、やはりシエルはシエルだった。
「愛なんか微塵もこもってねーだろーが!
パンツ飛ばすってなんだよ!
ヤるとかヤらないとか、中学生かおまえは!」
「とにかく、村の人達を救ったのはとても良いことです。
これからも多くの人を救っていきなさい。
今はまだ魔族を相手にするには力が足りません。
もっとランクアップをしてスキルを増やすのです。
いいですか、人間という種の個体群は、母数が増えるとその中に必ず悪をはらみます。
魔族だけが人間の敵ではありません」
「そう、それなんだけどさ、ちょっと聞きたいのがあって。
悪人が居たとしてだ、俺が殺すってのはタブーなんだよね。
それってさ、直接殺すのはダメだけど、間接的に関わって結果として死んだってのは、ダメなの?」
「圭、やっとルールの意味に気付いたようね。
やってはいけないのは直接殺すこと。ここまで言えばわかるわよね」
「なるほど、それだけわかれば十分だ」
「電話代かかるから、そろそろ切るわよ」
「え? これ電話だったの?」
「尚、このメッセージは聞いたあと、例によって例のごとく消滅する」
「うん、その台詞にはツッコまないからね」
「また手紙出すから、ちゃんと元気でやるのよ」
「やっぱこれ手紙じゃないか!」
それだけ言うと、シエルのホログラムは消えた。
あとに残った便箋と封筒も燃えて無くなった。
広場からトボトボと家に帰る圭。
扉を開けるといつのまにかリーゼが起きていた。
昨日と一緒でリーゼの胸に抱きつく圭。
「どうしたのブルーレット、散歩でも行ってたの?」
「シエルに心を折られた、香波が結婚したって」
「シエル? カナミ? 誰それ、ブルーレットには私がいるでしょ!」
「うん、俺、リーゼに一生ついてく、嫁になんか出さない!」
「なに訳わかんないこと言ってるの、出発するんだからシャキっとしてよ」
「そうだな、クソシエルめ、今度会ったら収納スキルで身ぐるみ剥がしてやる!」
「あ、なんか元気でた」
「さて支度して広場に行くか」
「うん」
リーゼが簡単な朝食を作り、一緒に食べる圭。
食べなくても平気だと、何回かリーゼに言ったのだが。
一緒に食べないと寂しい、とうるうるした目で言われた圭は、なし崩し的になるべく一緒に食べるようになった。
部屋の私物は前もってあらかた処分してある。
村長にこの家は新しい住人が来たら使って欲しいと、話を通しておいたからだ。
簡単な片付けを終え、広場へと出る。
2人の出発ということもあって、広場には朝から住民全員が集まっていた。
「ブルーレットさん、村を代表してお礼を言わせてください。
本当にありがとうございました、道中お気を付けて。
それと、リーゼ、元気でな。
ここはお前の故郷だ、いつでも帰ってきていいからな」
村長にそう挨拶された圭とリーゼは、置き土産にパンツ500枚を渡した。
別れの最後にパンツとか、どこまでも締まらない圭だが、女性達からは歓声が上がった。
パンツもだいぶ浸透したようだ。
ここでふと、思う。
最後にブラも置いていこうかと。
「えーと、みんな! 短い間だけどお世話になった。
色々と楽しかったよ。
それでコレ、ブラジャーって言う新しい下着なんだけど。
みんなにあげるね、今から全員に配るから、女性は1列に並んで」
パンツの伝道師が出した新しい下着だという物は、見たこともない形状の物だった。
圭が手に出したのはブラとスポブラの2種類。
リーゼが使用した感想からすると、若い胸の小さい人はスポブラ。
成人女性である程度の大きさがある人は普通のブラ。
この振り分けがベストだろうと圭は判断した。
片っ端から採寸スキルを使い、それぞれに合ったブラを渡していく。
1人3枚のブラを渡した。
その中で適当にリーゼが何人か連れていき、リーゼの家で使い方をレクチャーする。
全員にブラが渡りホクホク顔の圭。
女性陣も圭に感謝しているようだ、特に胸が大きい人は神を見るように圭を見ていた。
これであの面倒臭いサラシから開放される、そう思うと喜ばずにはいられないだろう。
「くれぐれも、自分の大きさに合った物を使ってね。
もしサイズが合わなくなったら、他の人に使い回すか。
自分で似たようなのを作ってみてくれ」
「本当にありがとうございます、このブラ、大切に使わせていただきます」
異口同音に感謝を述べる女性陣。
そんな住人に見送られ圭とリーゼは村から出た。
いつまでも手を振って見送る住人を、荷台から顔を出してリーゼが手を振ってこたえる。
8時間後、ジェラルドの街に入った2人は、今後について話し合う。
「とりあえず、しばらくこの街に滞在しようと思う」
「え? 今日は泊まるだけで明日また出るんじゃないの?」
「ちょっとやっておきたい事があってね、それが片付いたら街を出る」
「何かしたいことがあるのね、いいよ、付き合う」
「あまり大きい声では言えないんだけどね。
ここの悪どい領主をなんとかしようと思ってさ」
周りに聞かれると困るから圭はリーゼにそう耳打ちした。
「なるほど、みんな逆らえないけど、ブルーレットならなんとかできるかもね」
「困ってる人はたくさんいるはずだからね、ついでにコンプトン商会もなんとかしたいし」
「あははは、あの成金会頭、私なんだか嫌いだな」
「俺も好きにはなれないな、俺達を殺そうとした償いはしてもらうさ」
「そうだね、やっちゃおう!
う、お腹空いた、何か食べたいよブルーレット」
「おお、もう夕方だもんな、宿に入る前に飯にすっか」
「うん、屋台~露店~食べ歩きぃ~♪」
「金貨30枚しかないから、それ以上は食うなよ」
「そんなに食べたら死んじゃうよ!」
「あ、そういえば金貨と銀貨しか持ってなかったな」
以前露店で銀貨を出したら嫌な顔をされたのを思い出した。
銅貨=100円単位の食べ物に対し、銀貨=万券を出したらお釣りに困るのは当たりまえだ。
「食べる前に両替しようか」
「うん」
街には両替商とかもあるかもしれないが、どこにいるかもわからない圭は、ブラウン服店にやってきた。
「救世主キターーーーーーーーーーーーーーー!」
店に入るなり圭にすがりついた女店員ことメリッサ。
「ちょっと! ブルーレットにくっつかないでよ!」
圭にくっつくメリッサをリーゼがひっぺがす。
「にゃうん! 失礼しました、喜びのあまり取り乱してしまいました」
「どうしたの、いきなり」
「はい、実は、パンツが飛ぶように売れまして、もう在庫が無いんです。
お客様からはいつ入荷するんだって、クレームがバンバン状態で。
どうか! どうかパンツを卸して下さい!」
「パンツをおろすって、誤解を招く表現だな」
「お願いします、今予約が入ってるだけで500枚超えてるんです!」
「てか予約取ったの? 俺がもう来ないかもしれないのに」
「すいません、お得意様ばかりで断るに断れなくて。
でも入荷は未定だとちゃんと説明はしてありますよ。
入荷したら優先的にお売りする。という約束です」
「まあ、俺も来れたら来るって約束したし、パンツはちゃんと渡すから」
「ありがとうございます、助かります!」
「何日かはわからないけどこの街に滞在するから、来れるなら毎日持ってくるよ。
それで今日来たのは、銀貨を銅貨に両替して欲しいと思ってさ」
「銅貨ですか? ありますけどどのぐらいですか?」
「うーんとそうだな、銀貨2枚を大銅貨18枚と銅貨20枚に、できる?」
1万円札2枚を千円札18枚と百円硬貨20枚へ両替するのと同じ感覚だ。
「その程度の両替ならすぐにでも大丈夫ですよ。
ブルーレットさんが両替って仰るから、てっきり数百枚単位の両替かと」
「そんなにいらないよ、リーゼと露店を食べ歩くのに細かいお金がなくてね」
「ああ、なるほど、露店で銀貨は使えないですよね」
「それともうひとつなんだけどさ、これからパンツを卸すことになるわけだ。
色々とめんどくさいから、約束して欲しいことが一つある」
「約束ですか? パンツを卸してもらえるなら何でも致します」
「ただの人間がパンツを一日に何百枚も、作れるわけないのはわかるよね。
俺は普通の人間じゃない、むしろ人間そのものとは違う。
約束してほしいのは俺の正体と能力について、一切口外しないというものだ。
できるか?」
「はい! 商人が信用失ったらそれはもう商人ではありません、絶対に約束は守ります!」
「わかった、俺の能力は魔力を使ってパンツを作れる魔法が使えることだ。
そして、その手はこんな手だ」
グローブを外した圭の手を、驚きながら見つめるメリッサ。
「人間ではないということはわかりました、亜人の方は正体を隠したほうがいいですからね。
特にこの街では」
「うん、俺も最近知ったんだけどね、この領土に人間しか居ない理由を」
「領主様があれですからね、あまり大きい声では言えませんが」
「とにかくそういうわけだ、内緒で頼むよ。
俺の魔力で作れるパンツは1日に800枚が限界だ。
でも魔力切れ起こすとしんどいから、毎日600枚、これが卸せる数だ。
そしてパンツと同じようにある物も作れるようになった。
それがコレ、ブラジャーだ」
圭はメリッサを採寸し、その手からD70のブラを出した。
受け取ったメリッサはブラを不思議そうに眺める。
「使い方はリーゼ、教えてあげてくれ」
「うん、わかった。さあコッチきて着替えようね」
以前の買い物とは逆で、今度はリーゼがメリッサを試着室へと連れて行く。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
ほどなくしてメリッサの雄たけびが店に響き渡る。
ブラ姿で勢いよくカーテンを開けたメリッサが圭に詰め寄る。
完全に興奮したメリッサは羞恥心など吹っ飛んでいた。
「こここここここれ! 売ってください!」
「うん、気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着け、そして服を着ろ」
毎度のことなので、メリッサの気性の激しさにはもう慣れた圭。
「売ってくれるのですか?」
「卸す予定のない物をわざわざ見せ付けたりしないよ、も一回言うぞ、服を着ろ」
「あ、ありがとうございます!」
礼を言って試着室に戻るメリッサ。
興奮さめやらぬままのメリッサが服を着て試着室から出てくる。
「こんな下着、初めて見ました、これは凄いですよ。
胸当ての付いたコルセットも扱ってますけど、それ以外は布の胸巻きしかありませんからね。
これは間違いなく売れますよ。
ブルーレット様は一体何者なんですか」
「ただのパンツ伝道師だよ。
それでこのブラジャー、略してブラについて説明しておく。
ブラはパンツみたいに誰彼同じものを使っていいって訳じゃない。
それぞれに合ったサイズの物を使わないとダメなんだ。
俺には採寸ってスキルがあるから、ピッタリのサイズのブラをすぐ出せる。
でもこの店にずっといるわけにはいかないからさ。
売るとなったら何種類かを用意しておいて、採寸してから自分に合ったものを買う。
そうするしかないってことなんだよ」
「もうこの店の店員になってくださいよ!」
「ははは、さすがにそれはダメだ、俺は旅人だし、やらなきゃいけない事があるからね。
数日後にはこの街から出て行く。
だから居る間は卸すけど、それ以降は自分の工房でなんとかして再現してみてよ」
全く同じ物はムリでも、機能として及第点を取れる模倣品なら作れるだろう。
あとは職人の腕次第だ。
「わかりました、それでどのぐらいの量を卸してもらえるのですか?」
「俺の魔力でこの店に卸せるのはパンツとブラ合わせて600枚。
どっちをどのぐらい作るかは、そっちで決めてくれ」
「合計で600枚ですか、それでも凄い量ですが、売れ行きから考えたら、悩むところですね。
値段はどうしますか?」
そういえばブラなんて買ったことないや。俺男だし。
相場って幾らくらいだ? わからん。
高く設定してもあとあと面倒だし、パンツと一緒で大銅貨1枚にしようか。
「ブラ1枚で大銅貨1枚が売値だ」
「安い! 安すぎますよ! これなら銀貨1枚でも売れますって!」
「ダメ、高くするとあとあと俺が困る。
大銅貨1枚、これが独占販売を許す条件だ」
「わかりました、ではパンツを同じで大銅貨1枚で売ります。
卸値はパンツと一緒で5割でいいですか?」
「ああ、それでいいよ。
今日はもう魔力使いまくったから、明日の朝600枚持ってくる。
ブラとパンツ何枚にする?」
「とりあえず300ずつでお願いします」
「わかった、それじゃ明日また来るよ」
そして銀貨を銅貨に両替し、店を後にした圭とリーゼ。
露店で楽しく食べ歩きをして、しばらく滞在する宿を探す。
「ねえ、この前の温泉付き宿でいいんじゃない?」
「そうだな、温泉か、のんびりできていいかもな」
「うん、そこにしよう! 荷馬車も置けると思うし」
飛び込みでも宿の部屋は空いていて、泊まることができた。
宿泊費は2人1部屋で1泊銀貨1枚。
温泉付きということもあり。相場よりは若干高い。
温泉とベッド、どこまでも一緒にピッタリ着いてくるリーゼに、たじろぐ圭だが。
いまさら無碍にすることもできず、成すがままにリーゼの好きにさせることにした。
お父さんが娘に逆らう権利などないのだ、そう自分に言い聞かせる圭だった。
2人が寝静まった頃。
某所で商人の耳にある情報が入った。
「コンプトン様、探していたブルーレットが温泉宿に入ったと知らせがありました」
「うむ、網にかかったか。ご苦労、何か動きがあったらまた知らせてくれ」
「御意」
「さてどうしてくれようか、領主様のいる前で正体をバラすのが一番だが……」
圭の知らないところで、コンプトン商会が何やら始めようと画策していた。
領主街編に入りました。
ブラとパンツもたくさん出てきます。
作品の続きが気になる、もう少し読みたいかも。
という方はぜひとも評価とブクマをお願いします。




