003 初めての異世界、そして初めての敵
森だ。
見渡す限りの木、木、木。
鬱蒼とした森の中、立ち尽くす1匹の魔族。
暗い夜の森の中で一対の赤い眼光が浮かび上がる。
その赤い目が森と自分の肢体を認識する。
「ああ、ついに転生したんだな俺」
まじまじと見つめる自分の体、暗くて色はよくわからないがそのビジュアルは人間のそれとは大きく異なっているのがよくわかる。
筋肉の塊にしか思えない太い腕、大きな手のひらに5本の指、その指の半分から先は曲がった円錐形の太い凶暴な爪。
腹部は腹筋のところだけプロテクターのような横線の入った体皮とは違う色の模様、よくドラゴンの腹部に描かれるようなデザイン。
足はこれまた太い筋肉に3本指の爪、爬虫類の足のようだった。
「はぁ~、まんま魔族というかイラストでよく見る悪魔みたいないでたちだなこりゃ」
そのまま手で視認ができない頭部に触れてみる、顔のフォルムは普通の人間と同じような造りだな。
口が若干大きいのと、コレは……牙か?口から下向きに2本の牙が生えている。
耳はというと、ああ、あったあった、普通にあったよ。
そしてその手をそのまま頭にもっていくと。
「髪が! 髪がないだと!」
拝啓、父さん母さん、俺は25歳にしてツルッパゲになってしまったようです。
しかし髪はないけど角はあった、左右に1本ずつ少し曲線を描きながら20センチくらいの長さを持つ天にそびえる立派な角。
これで羽と尻尾でも生えてたら完全に悪魔だよな、と背中と臀部を確認するがそんなものは生えていなかった。
「あれ?生えていないといえば……」
恐る恐る大事な場所に手を伸ばす。
「ない、だと!?」
その場で膝から崩れ落ちる圭。
「ちょとまってよ、なんで生えてないの? てかツルツルだよっ! 魔族に性別ってないの?
雌雄同体? カタツムリ?
竿がないってどういうことだよ! 俺こっちの世界でも童貞確定じゃん!
いや、ちょっとは期待したよ、異世界でハーレムフラグとかさ、だって男だもん。
でもコレはないだろ、理不尽にも程があるだろ!
なんでだよ、シエルのバカーーー!」
男として生まれた以上、叶えたい野望がある、童貞のまま30歳を迎え魔法使いになるわけにはいかない。
だがそんなことは叶わないとこの体がものがたっている。
地面についた両手をぐっと握り締める、手の中につかまれた草と土の感触がこれはリアルな現実だと圭に認識させる。
「いや、まて、まだあわてるような時間じゃない、まだこの世界に来たばかりだ。
魔法使いになると決まったわけじゃない、なにか方法があるはずだ、あと5年のうちに……」
そうつぶやきながら力強く立ち上がる圭。
「それに目的を履き違えるな、ここに来たのは魔族から人間を救うためだ。
間違っても脱童貞をするためじゃない。
……けど、やっぱコレはねーだろ!!」
それから数分後、圭は森の中をテクテクと歩いていた。
「とりあえずは人間のいる場所を探さないとな」
歩いていてふと思う、ナビや地図が見れるスマホがある日本は本当に便利だったんだなと。
ナビは別としてせめて地図くらいは欲しいものだが、ないものねだりをしても始まらない。
「そういえばちょっと視界が高いような……」
圭の前世での身長は172cmだった、ごくごく平均的な日本人男性の身長だ。
しかし今違和感を感じる視線の高さは、慣れ親しんだ172cmの身長の視点よりも若干高い。
どうやらこの魔族の体は2mとまではいかなくとも190cmぐらいはありそうだ。
誰に聞かせるわけでもなく独りごちる。
「やっぱり身長が伸びてるなコレ」
体格にあわせて身長もそれなりに大きくなってるってことか、当然普通の人間がこの姿をみたら化け物と思うだろうな。
そんな条件で果たして俺はうまくやっていけるんだろうか。目下のところ不安しかない。
そんな感じで色々と戸惑いながらも現状の自分を確認しながら森の中を進む圭。
木々の切れ目から見える星空と、わずかな光がさす地面。
だが圭はまだ気づいていなかった、人間の視力では歩くことすら困難な夜の森を、なんの迷いもなく平然と歩いてるその視力に。
いや、視力というよりは夜行性動物が持つ夜目と言ったほうが正確だろうか。
大きく赤い瞳、その瞳に縦長にひかれた猫のような黒目。
夜行性動物特有のその目は他の魔族が同じように夜目が利くという事実にほかならなかった。
だが圭にそれがわかるのはまだだいぶ先の話になる。
今はただあてもなくただひたすらに歩くのみ。
なるべくまっすぐ歩く、この森の大きさがどれくらいかはわからないが、まっすぐ歩けばそのうち森から出られるだろう。多分。
ガサッ。
風もなく自分が踏みしめる草の音しか響かないこの森で、少し遠くから葉のすれる音が聞こえた。
「ん? 何かいるのか……、ってそりゃそうか、夜の森で何か居ないっていったらそれは嘘になるよな。
何かしらの動物がいるのは当たり前だよな~、てか普通に怖いんですけど」
歩みを止め、音がした先をじっと見つめる圭。
ガサッ。
「気のせいならいいんだけど段々近づいてきてない? どうするか、逃げるか?
いや、逃げるってどこに逃げるんだよ」
転生して初めての出来事に対峙する覚悟を決めることすら間に合わないまま、その音の主は圭の前に姿を現した。
木の陰から躍り出たのは1匹の……狼?
いや、でもこれ、俺の知ってる狼とはちょっと大きさが違うというか、なんかデカくない?
「グルルルルルルル」
「怖えよ! なんなの、あのうなり声は。
完全にコッチがロックオンされてますよ、って良く見ると頭に角生えてらしゃるわよ奥さん!」
牛くらいの大きさの狼、そして刺さったら確実にあの世行きの角、どうみても死亡フラグです、大変にありがとうございました。
「怖いけど、この状況なんとかしないとな、てかどうするよ、武器もないし」
じりじりと一歩一歩こちらに近づいてくる角付きの狼、ある程度の距離まできたところでいったん止まるとうなり声と止めた。
そして咆哮、「ワオーーーーーン」と天高く響く咆哮に森全体が震える。
咆哮から視線を前方へと移した狼は、それまでのゆっくりな動きとは一転してその、巨体から想像もつかないスピードで圭に向かって突進してきた。
「え、ちょっ、まっ、構えとか無理っつーか俺格闘技の経験とかないし無理無理無理! ひっ!」
たじろぎ呆然と立ち尽くすことしかできない圭、かろうじて顔の前で両腕をクロスさせての防御体制を取るが、ガラ空きの腹部に狼の角が突き立てられる。
圭の腹部に衝撃が走る、牛ほどの質量をもった巨体の突進、その体重を乗せた角による一点の衝撃だ。
無意識に足に力を入れ後ろに吹き飛ばされないように踏ん張る圭、その踏ん張りはかるく両足を地面に食い込ませたが倒れるまでには至らなかった。
怖くて閉じていた両目を開ける……。
「え?なんで」
目の前の狼と自分の腹部を凝視する、そこには本来なら腹部を突き破っていたはずの大きな角が1ミリも食い込むことなく腹部で止まっていた。
普通の人間なら即死レベルの攻撃だったはずだ、それが痛くもないし刺さってもいない。
再び圭からいったん離れた狼は次に角ではなく、口を大きく開け圭の左腕に噛み付いた。
「うおっ、今度は腕かよ、ってなにコレ、全然痛くないんだけど」
圭の腕におもいっきり噛み付いてる狼は、引きずり倒そうと頭を激しく振るが、足を踏ん張る圭はびくともしなかった。
それどころか噛み付いた牙は腕にこそ取り付いているものの、皮膚に刺さることは無かった。
「んーとつまりこれは、この魔族の体が強いってことなのか、これが不死の体ってことなのか、どっちなのかよくわからないな」
痛みが無いという事実に圭はだいぶ平静を取り戻していた、左腕に噛み付いたままの狼を観察する。
「うーん、考えてもさっぱりわからない、けど痛くないなら倒すしかないよな」
おもむろにあいてる右手で狼の角を掴む圭、今度は体をよじり逃げようともがくが、握られた角がびくとも動かない狼。
そのままの膠着状態が続く。
「で、倒すっていっても、どーすりゃいいの、スプラッターなのは勘弁してほしいんだけど」
おそらく今の自分にある武器のようなものといったら、両手にある少し長い合計10本の爪だろう。
しかしこれを使って倒すということは、どう考えても飛び散る肉片と血しぶきの、楽しい楽しいワルツになることうけいあいだ。
「いやだなぁこれ、転生一日目にしてグロシーンを見なきゃいけないとか、どーなんですか」
しばし考えた圭はなるべく楽に血肉を見ずに倒す方法を思いつく。
「できるかどうかは未知だけど、試してみるか」
そう言うと圭は掴んでいた角の根元に全力で爪を立て始めた、ミシミシと音をたてながら角の根元に爪が食い込みヒビが入っていく。
そしてパリーンという音とともに狼の角はその根元から割れその頭部から分離した。
圭の手の中には60cmはあろうかというまっすぐの円錐形の角が握られていた。
「とりあえずこれで心臓のあたりをぶっ刺せば……」
死ぬだろう、と言葉を紡ぐ前に狼はドシーンという音を立てて地面に倒れた。
「え、なんで倒れたの」
ぴくりとも動かない倒れた狼を見下ろし圭は呆然とする。
これは角が折れたショックで気絶でもしたのだろうか。
それなら殺さなくても済むが先のことを考えると不安がよぎる。
気絶から回復したとして角を折られた恨みでコイツがまた襲ってこないとも限らない。
襲われても平気なことには変わりないけどずっと付きまとわれたらそれはそれで困る、というかウザい。
たとえ遠くに離れたとしてもイヌ科だろうから鼻が利くだろうし、すぐ追いかけられるよな。
あーダメだ、結局はトドメを刺さないといけないってことになるのか。
「いや、これもしかして気絶じゃなくて死んでるんじゃないか?」
さっきからずっとみつめていた圭は気づいた。呼吸による胸部の動きがまったく見られないということに。
試しに口元に手をかざしてみるも空気が口から出てる気配はない。
次に心臓のあたりに手を押し付けてみる、やはり鼓動は感じられなかった。
「うん、こりゃ死んでるな、あくまでも地球と同じ生体構成ならの話しだけど。
しかし角を折ったら死ぬとか、この世界の生き物はよくわかんねーな」
などと言っていると手の中にあった狼の角が突然光り出した。
「あれ、なんだこれ、急に光り出したぞ」
光は段々と強くなるが、直視できないほど眩しいというわけでもない。
しばらくみつめてみる、夜中だからなのかもしれないがとても綺麗な光にみえた。
そして時間にして1分もかからないうちにその光は収まった。
手の中には元と同じ角が納まってるように見えるけど、ん、なんかちょっと色が違うような。
でも暗くてはっきりとはわからない。
暗がりの中で元は白く見えた角が、今はすこし青みがかっているように見える。
今の光は一体なんだんだろうか。
ま、考えてもわからないし忘れよう、うん忘れよう。
「ふう、とりあえず、なんとか危機は回避できたみたいだな」
安堵の息をもらし倒れた狼の前から立ち上がる圭。
しかし圭の目に映ったのはその安堵を裏切る光景だった。
「一難去ってまた一難かよ」
そう、圭はいつのまにか囲まれていた。
さっきと同じ角付きの狼7匹に。
作品の続きが気になる、もう少し読みたいかも。
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