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025 納税 6

「ぎゃーーーーー!」


「きゃーーーーー!」


 朝っぱらの圭の家から二種類の悲鳴がこだました。

 ひとつはスキンヘッドの男に、枕を投げつけられた村長の悲鳴。

 もうひとつは乙女の寝起きに、襲われたと勘違いしたササキの悲鳴。


「誰ですかあなたは! ここはブルーレットさんの家のはずですよ」


「あれ? あーそうだわ、ごめんなさいね、いきなり寝込みを襲われたと思っちゃって。

私はブルーレットさんにここで寝るように言われたのよ。

ブルーレットさんならリーゼさんの家で寝てるわ」


「え? リーゼの家? どうしてまた」


「ワタシから話すと、説明不足かもしれないから、詳しくは彼から聞いてね」


「わかりました、リーゼの家に行ってみましょう」


 そしてやってきたリーゼの家。

 ドアを開け、家の中に向かって村長が声をかける。


「リーゼ、戻ってきているのか! もう朝だぞ~」


 家の中に響く声にリーゼと圭が目を覚ます。


「あれ? 兄さん?」


 寝ぼけたままのリーゼは、目の焦点が合わずぼやけて見える隣のベッドに、いるはずのない影が起き上がるのを見て、兄かと思った。


「おはようリーゼ、よく眠れたかい?」


「兄さん……。はっ! ブ、ブルーレット!」


 やがて覚醒する意識と共に、目の焦点が合わさっていくと、その瞳は兄ではなく魔族の姿を捉えた。


「そうだった、昨日うちに泊まったんだよね。

おはよう、ブルーレット」


「村長さんが来たみたいだね、行こうか」


「うん」


 家の中に村長を迎え入れるリーゼ。


「ブルーレットさん、おはようございます。

お戻りになられていたのですね」


「うん。夜中に帰って来たんだよ、お土産もたくさんあるから楽しみにしてて」


「おみやげ?」


「それで、ブルーレットさんの家に、見知らぬ方がいたのですが」


「ササキさんだね、もう会っちゃったのか、詳しくはあとで話すよ。

徴税官は、今どうしてる?」


「広場で待っておられます」


「よしわかった、すぐ行こうか」


 言うや否や、圭はパンツを取りだし頭に被って人間に変身した。


「おお、これが幻惑の魔法とは、本当に魔族とはわからないですな」


「え? この前のってやっぱりブルーレットだったの!

すごい! これ魔法なの?」


「ああ、変態魔族だけが使える幻惑の魔法だ」


「村長は知ってたの?」


「ええ、ブルーレットさんから聞きましたよ」


「ちょっと! なんで教えてくれなかったの!

みんな『あの人誰?』って、訳わかんなかったのに」


「おお、そうか、リーゼはすぐに街に行ったからのう。

村の皆には私からすでに話してあるぞ、あれはブルーレットさんの幻惑魔法だって」


「ブルーレットもなんで黙ってたの!」


「いや、訊かれてないし」


「まあまあ、徴税官の方がお待ちです、話はその後にでも」


「そうだね、金貨はちゃんと用意できたし、さっさと支払い済ませよう」


 テーブルの上にドンと置いた大小2つの巾着。

 小さいのは金貨30枚、大きいのは銀貨120枚が入っている。

 圭はそこから金貨3枚を取り出し、村長に見せる。


「おお、凄いですな、金貨3枚なんて初めて見ました。

売れたのですね、狼の毛皮」


「うん、売れた。さて広場にいこうか」



 広場に着くとすでに荷馬車2台と徴税官が2人、圭が来るのを待っていた。


「それで、金貨3枚は用意できたのか?」


「ああ、これだ、確かめてくれ」


 圭に手渡された金貨を、驚きつつも凝視する徴税官。


「まさか、本当に用意してくるとはな。

金持ちという話は嘘ではなかったのか。

もしかして、旅人を偽るどこかの貴族の者か?」


「貴族なんて柄じゃないよ、俺はただの旅人だ。

これで納税は終わりってことでいいんだな?」


「ああ、そうだな。

これを以って、エッサシ村の今年の徴税分、麦180袋相当の金貨3枚、確かに受け取った。

皆、ご苦労であった。来年も同じように励むように!」


 大仰な台詞を残し、徴税官は空の荷馬車を曳き、村から出て行った。

 いつのまにか集まっていた村民はみな諸手を挙げて喜んだ。


「ありがとうございます、ブルーレットさん。

本当に、なんとお礼を言っていいか。

6割支払うどころか、全部の麦が村に残るなんて!」


「まあまあ、村長さん、たまにはこういう年があってもいいじゃないの。

それにね、俺も麦の収穫手伝ってわかったんだけどさ。

あれだけみんなで苦労して収穫したのをさ、領主なんかに持ってかれるのは腹が立つじゃん」


「私どもは毎年のことなので、当たり前ですが。

それでも5割持っていかれるのは堪えますよ。

しかも今年は6割ですからね、本当に助かりました」


「ところで村長さん、さっきのお土産の件なんだけどさ。

これから色々と男手がいると思ってね、3人連れてきたんだよ。

ぶっちゃけると、元犯罪人、でも一応今は改心してる。

どうかな? 村で受け入れてもらえないだろうか?」


「ブルーレットさんが連れて来られる方です、私が断る理由はありません。

喜んで受け入れます」


「そうか、よかった~。

今から連れてくるから、ちょっと待っててくれ、村のみんなに紹介するから」


 圭は頭のパンツを外し、魔族の姿へと戻って、小川のほうに駆けて行った。

 リーゼは圭の家に向かい、ササキを連れてくる。


 少しして荷馬車を引いた圭が広場にやってきた。

 荷馬車の存在に住民が驚く中、圭が荷台の幌に顔を突っ込む。


「うぎゃああああああああああああ!」


「ひいいいいいいいいいいいいい!」


「おおおおおおおおおお助けてええええええ!」


「ちょ、まて、俺だ! ブルーレットだ!」


 そんな会話が聞こえ、落ち着くまでに3分くらいかかった。

 その様子を近くで見ていたササキはわりと落ち着いていた。

 リーゼから魔族の姿みても悲鳴あげないでね、と言われていたからだ。


 3人が村長の前に立ち、それを圭が紹介する。


「えっとこっちから、サトウさん、ヨシダさん、ササキさん。

それでこの人が村長のウォルトさん、みんなは村長さんて呼んでる」


「村長のウォルトです、なんでもこの村に移住されたいとか。

なにも無い田舎村ですが、喜んでそのお話お受けいたします。

村の者もいい人達ばかりです、すぐに慣れるでしょう」


 村長の言葉を聞き、方膝を地につき頭を下げひざまずく3人。


「ブルーレットさんより、村長様を主と認め尽くすよう命を受けました。

なんなりとご命令ください」


「え? どういうことですかブルーレットさん」


「あ、ああ~、たしかに友人の村長さんに仕えてもらうって言ったけど……。

違う! そういう意味じゃない!

村民として仕えるって意味だから!

みんな勘違いしないで」


「なるほど、そういうことか、それじゃただの村民になるって認識でいいのか?」


 起き上がったサトウが圭にたずねる。


「うん、そういうことだよ、村民になって村長さんを助けてあげてね、って意味だから。

今日から3人はこの村の住人、オーケー?」


「ああ、わかった。

村長さん、サトウだ、改めてよろしく」


「ワタシはササキね、ヨロシク~」


「俺はヨシダだ、よろしく頼む」


「歓迎します、ここを故郷と思って生活してください」


 こうして3人は村の新しい住人として迎え入れられた。

 住むところは圭の家にササキが。

 村長の家の空き部屋にサトウとヨシダが、一緒に住むことになった。


 そして問題は圭の寝場所。


「やっぱり俺、ベンチでいいよ」


「だめっ! ブルーレットはウチで暮らすの! ね、いいでしょ?

ちょっと村長からもなんか言ってよ!」


「いやしかし、無理にというのも、本当にベンチでよろしいのですか?

これからどんどん寒くなりますし、せめて屋根のある場所のほうが」


「あーもうわかった! それならコッチにも考えがあるよ!

ヘンリーお婆ちゃんのパン……」


「わがまま言ってすみませんでしたリーゼ様!

どうか、この変態魔族を住まわせてください!」


 土下座、しかも今回はスライディング土下座。


 その場に居た全員がドン引きした。

 最強種を謳う魔族が、村娘に対して土下座している。

 一体なんなんだこの状況は。


 これには新入りの3人も皆思った、リーゼだけには逆らうまいと。


「ブルーレットさん、リーゼもまだ子供です。

兄を亡くしたばかりで今は家族がおりません。

村に居る間だけでも、一緒に居てあげてください」


「うん、パンツを人質に取られたら、俺、逆らえないから」


「そうですか、色々と苦労があるんですね」


「あ、そうだ!」


 土下座から立ち上がる圭。


「みんなにもお土産買ってきたんだ、これから寒くなるし、布団とか布とか。

サトウさん、馬車から荷物降ろしてくれる」


「おう、ヨシダ、お前も手伝え」


「はいっ」


 広場に広げられるお土産の山。


「これ、一体どうされたのですか?」


「狼の毛皮売ったお金で買ってきた、みんなで分けて。

それでちょっとお願いがあるんだけどさ。

この布と皮を使って俺の服を作ってほしいんだ。

誰か裁縫できる人いたらお願いしたいんだけど」


「それなら何人か服作りが得意な者がいますので」


「さすがにこの先もシーツ1枚だと不便かなってさ。

できれば皮も使って丈夫なやつがいいかな。

足も全部隠れて、手が自由に使えて、フードみたいなので頭が隠れるやつ。

旅人っぽいデザインでお願い」


 圭が買ってきた物の中に牛皮が数枚、厚手の織物生地もあった。

 それは圭が旅人服を仕立ててもらおうと思って買ったものだ。

 もちろんそれ以外にも村人が使えそうな生地がロールで数本買ってある。


 村長の指示で2人の女性が、圭の服の仕立役に選ばれた。

 数組の布団は村の年寄りに試しに使ってもらうことになった。

 この村にはないフカフカの綿入り布団。

 腰が悪くなりやすい老人にはもってこいだ。

 何着か買った服も村長の采配で配られていく。

 

「村長さん、俺の服ができるまでまだ何日かかかるし。

その間、することないから、街に買出し行ってこようか?

まだまだ必要なものがあったら買ってくるよ」


「おお、それなら俺も便乗していいか?」


 そう声を上げたのはサトウだった。


「移住するってなったけどよ、考えてみたら俺達着の身着のままなんだよ。

街のアジトに服とか武器とか色々置いてきたままだしな。

取りに行けるなら助かる」


「あ、そうだな、そこまで考えてなかったよ。

武器は……必要かもな、村の自衛手段として、3人の力が必要になるかもしんないし」


「それなら3人分の荷物、頼むよブルーレットさん。

行くのは俺一人で大丈夫だ、3人共同じアジトだからな」


「それじゃ、まずは3人の荷物引越しが優先だ。

荷馬車だと片道だいたい8時間かかるからなぁ。

考えてみたら今から街に向かっても着くのは夕方だから、買い出しは厳しいよな。

そっから村に帰ってきて夜中、荷物降ろして、また街に向かって着くのが昼か。

よし、買い出しは明日だな」


「はーい、私買い出し行きたい!」


 そう手を挙げたのはリーゼだった。


「そうか、それじゃ今からサトウさんと出るから。

今日のうちに村長さんと、何が必要なのか話し合っておいてくれ。

今日は早く寝るんだぞ、夜中起こして連れていくからな。


「うん、わかった、気を付けて行ってきてね」


「それじゃ、サトウさん、行こうか」


「っと、その前になんだが、腹減った、何か食わしてくれ。

昨日から何も食べてないんだ」


「あ」


 お腹が空かない圭だからすっかり忘れてたけど、そう、人間は食べないとダメなのだ。


「よし、今からみんなで朝食だね」


 リーゼの主導で村長の家を借りて朝食を済ませ。

 いつものボロシーツを被った圭が荷馬車を曳く、サトウは荷台に布団を持ち込みそこに寝っ転がった。

 荷馬車の耐久度限界までのスピードで走ると、クッションが絶対に必要になる。

 布団なしでは8時間も耐えられない。

 サトウは片道を経験してるだけあって、荷台のほうが楽だと思いそうした。



 時間は流れその日の夜中。

 村に帰ってきた圭とサトウは荷物を一旦、圭の家(今はササキの家)に運び込む。

 リーゼを起こしてまた街に向かい荷馬車を曳く圭。


 サトウのアドバイスを受け、リーゼもまた荷台の布団のお世話になった。


 さらに時間が経ち、昼少し前。


「ついたー! ただいまジェラルドの街ぃ~~~」


 元気よく叫ぶリーゼ、いつになくテンションが高い。


 村人にとってお金を使っての買い物なんてのは一生縁のないものだ。

 普段の生活に必要な物は、村同士の物々交換が基本だからだ。

 ましてや街でのお買い物、村の女の子の憧れイベントである。

 はっちゃけないほうがおかしい。


「あんまり大声出すなよ、田舎者丸出しでちょっと恥ずかしいだろうが」


 荷馬車を曳く圭の横に並び、一緒に歩くリーゼを圭がたしなめる。


「そうだけどさ、そうだけどね、お買い物は楽しいんだもん。

村のみんなが喜ぶんだよ! 早く買って帰りたいけど、たくさん時間かけて楽しみたい!

あーもう私どうしたらいいのっ!」


「まあ、気持ちはわからなくもないな、みんなの喜ぶ顔が見たいのは俺も一緒だ」


「まずは、何か食べたい、もうお昼だし、露店に行こうよ」


「そうだな、食べ歩きするか」


 適当に露店を何軒か回って食べ歩く。

 最初の1軒目で銀貨を出したらすごく嫌な顔をされた。

 どうやら露店では銅貨を使うのがマナーらしい。


 そして辿り着いたのは、一度来ているフェルミ商会。


 店の前を掃除していた少年が、見覚えのある荷馬車と、それを曳く圭の姿を見て、あわてて店の中に飛び込んだ。

 すぐさまニコニコ顔の会頭が店の外へ出てくる。


「これはどうも、馬車の使い心地はどうですか?」


「ああ、重宝してるよ。無理言って譲ってもらったけど、助かってるよ」


「それはなによりです、それで、今日は何か御入用ですか?」


「色々と揃えて欲しいものがある、品目はリーゼに聞いてくれ」


「かしこまりました、ささっ、中へどうぞ」


「荷馬車は荷受場に回しておくよ、リーゼは店に入ってて」


「うん、わかった」


 商会の横から裏に回ったところにある、荷受場へと荷馬車を付ける圭。

 そのまま裏口から商会へと入る。


 中ではすでにリーゼが会頭に欲しいものを説明していた。


 必要な物を聞いた会頭は木簡にオーダーを書き記していく。

 紙が貴重で、一般的なのは羊皮紙だが、メモ書きに使えるほど安いものでもない。

 商会ではメモ帳代わりに薄い木簡を使うのが普通だ。


「なるほどなるほど、これはかなりの量ですね」


「今日中に用意できるか?」


「ちょっと難しいですね、明日の朝までお時間をもらえないでしょうか」


「どうするリーゼ、今日はこの街に泊まるか?」


「そうだね、急いでるわけでもないし、ゆっくりしようか」


「ありがとうございます、明日の朝までには必ずご用意いたしますので。

荷馬車は如何なさいましょう、こちらでお預かりもできますが」


「そうしてくれ、できれば荷物も積んでおいてくれ。

泊まるとなったらそこまで急がなくてもいいか。

昼ぐらいに来るからそれまで品物の用意を頼むよ。

こっちは適当に宿探して、街をフラフラしてみるよ」


「それでしたら、こちらで宿のほうを手配いたしましょうか?」


「そこまでしなくていいよ、宿を探すのも旅の醍醐味だから。

もし宿がみつからなかったらその時は頼むよ」


「わかりました、それでは明日また起こしください」


「ああ、また明日来る」


 こうして圭とリーゼは宿を探しながら街を散策することにした。

納税編はこれで終わりです。


作品の続きが気になる、もう少し読みたいかも。

という方はぜひとも評価とブクマをお願いします。

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