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星空の小夜曲~恋と未来と、少女の決意~  作者: 由希
第2章 中央大陸編
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幕間 その3

 その男は、村を支配する魔物の住処からの帰り道を一人、とぼとぼと歩いていた。暗雲の切れ間より輝く月の光が、そんな男を静かに照らす。


 ――自分は、どうするべきだったのだろうか。


 男の頭は、自分自身へのそんな問答で占められていた。冒険者の少女――魔物を倒すと言って、たった一人で魔物の住処に入っていった彼女と別れてからずっと。


 初めは、確かに生きる為やむを得ずだった。あわよくば魔物を倒して欲しいと期待して持ち物も奪わず冒険者を魔物の元へ送り込んだが、結果冒険者は魔物の餌になっただけだった。

 だが様子を見に来た村人に、魔物はこう言ったのだ。


『儂は食えるものにしか興味がない。贄の持っていた物は、お前達の好きにするがいい』


 村人達の目の色は、目に見えて変わった。魔物退治という危険な仕事を生業としている冒険者には、大金こそ持ってはいないが小金を溜め込んでいる者が多かった。

 元々裕福とは言えなかった村には、これが大きな臨時収入となった。それからだ。村人達が積極的に、冒険者を生贄として差し出すようになったのは。

 魔物の言う事さえ聞いていれば、真面目に働くよりもいい暮らしが出来る。いつの間にか、村の誰もがそう信じて疑わなくなっていた。


 今になって、男は気付く。その生活が、薄氷を踏むような危うさで成り立っていた事に。


 いつ本当に強い冒険者が現れて、自分達の悪事を暴いてもおかしくなかった。そうでなくても、魔物が約束を守り続ける保証などどこにもなかった。

 その事実から、目を背け続けていた。目先の欲だけに溺れ続けていた。

 自分は、いやこの村は、ずっと悪い夢を見ていたのかもしれない。そして今、その夢から覚める時が来たのかもしれない。


 本当はどうするべきだったかなど解らない。これからどうするべきなのかもまた、解らない。

 それでも、あの少女に勝って欲しい。不思議と今、男はそう強く思うのだった。


 やがて目の前に、男の暮らす村が見えてくる。まずは共に少女を襲おうとして叩き伏せられた仲間達を起こさないとと思いながら男が村に入った時、不意に暗がりを男のいる方に向けて走ってくる人影が見えた。


「ん? 何だ……?」

「ヒイッ、ヒイッ……オ、オルソン! アンタどこ行ってたんだい!」

「マギー?」


 走ってきたのは、男の昔馴染みの女、マギーだった。マギーの顔は恐怖で歪み、ここまで全力で走ってきたのだろう、ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返していた。


「マギー、どうしたんだ? 一体何をそんなに急いで……」

「話は後だよ! すぐに逃げないとアイツが……!」

「オレ様が、何だってェ?」

「!?」


 突然聞こえた若い男の声に、男は辺りを見回す。すると恐怖に顔をひきつらせるマギーの頭を、後ろから現れた手が鷲掴みにし持ち上げた。


「あがっ!!」

「マギー!?」

「なかなか粘ったが、残念だったなァ? これでジ・エンドだ」

「た、助け、たす……」


 涙を流し、助けを求めて手を伸ばすマギー。その体が――頭から順に、氷に覆われていく。


「ヒ、ヒイッ!?」


 目の前で人一人が氷付けになっていく信じられない光景に、男の腰が抜ける。数秒後、そこにはマギーの姿をした一体の氷像が出来上がっていた。


「……ッチ、この世界の人間は本当にヨエェなァ。加減してもアッサリ凍っちまいやがる」


 マギーの背後にいる誰かは、そう吐き捨てると掴んでいたマギーの頭を粉砕した。血管まで凍り付いていたのか血は流れず、頭を失ったマギーの体は、地面に落ちて粉々になる。


「あ……あ……」


 あまりにも、あまりにも呆気なく目の前で命を奪われたマギーを見て、気付けば男は失禁していた。そして、同時にこうも思った。


 他人の人生を自らの欲の為に踏みにじってきた、その報いを受ける時が来たのだと。


「おい、オッサン」


 暗がりから、手の主が姿を現す。自然のものとは思えない真っ青な髪と、鍛え上げられた上半身に施された、やはり青い不思議な模様の刺青が特徴的な若い男だった。


「この辺で黒いローブ着た黒髪の女と、緑のバンダナ巻いた男の二人連れ見なかったか。返答次第じゃ、アンタは生かしてやってもいいぜ」

「知ら……知ら、ない……」

「ハァ? つっかえねェなァ……んじゃ結局空振りかよ。あのアマの探査、全然当てにならねえじゃねェかよ」


 つまらなそうに溜息を吐くと、若い男は男に大股に近付く。そしてその顔面を、片手で鷲掴みにした。


「あ、ぐ……」

「弱くて使えねェ奴に生きてる価値なんざねェ。だから、死ね」


 若い男がそう言うと、掴まれた場所を中心に男の体温が急激に下がっていく。男の恐怖も、後悔も、何もかもが氷の中に包み込まれていく。

 白く染まりゆく意識の中で、男が最期に思ったのは。


(……アンタは生きてくれよ、嬢ちゃん……)


 魔物の住処に向かう、名も知らぬ冒険者の少女の後ろ姿だった。

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