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閑話 その1

 ――パタン。


 風呂に続く扉が閉まるのを確認すると、俺は深く息を吐いた。同時に、全身から冷や汗が一気にブワッと噴き出してくる。


(あ……危なかったっ……!)


 さっきまでの自分の行動が、頭ん中でグルグル回る。何やってんだ俺は。殆ど強姦未遂じゃねーかよ今の。

 ホント、クーナの痣に感謝。アレのお陰で正気に戻れた。クーナの玉の肌に傷くれやがったゴブリン野郎は死んでても許さんがな!


「……はあ」


 もう一度、大きく息を吐く。そして、クーナのいる風呂の方に視線を遣った。


 ――もうずっと前から、俺はあいつを魅力的な一人の女として見ている。


 初めての出会いはあいつが五歳の時。長年の相棒だったクラウスを亡くした傷も漸く少しは癒え、クラウスが亡くなって以来久し振りにアウスバッハ邸を訪れた時の事だ。


『あなた、だぁれ?』


 曾祖母に連れられ現れたその少女に――俺は、一目で目を奪われた。

 似ていた。クラウスに。髪の色も、瞳の色も。

 紫がかった艶やかな黒髪。琥珀を思わせる金色の瞳。

 違いは、男であるクラウスと違い愛らしい少女だった事。そして――全く知らないものを見る目で、俺を見ていた事。


『……君は?』

『わたし、クーナよ。……あっ、わかった!』


 少女は名乗り。そして、得意気な満面の笑みで言った。


『おみみがながいから、あなたがひいおじいちゃまといちばんのなかよしのサークおじさまね! わたし、ずっとおあいしたかったの!』


 そう本当に、本当に嬉しそうに笑う少女に――俺は、生まれて初めての恋をしたんだ。


 ……オーケイ、言いたい事はよく解る。五歳の女の子に恋をした、しかも切欠は相棒|(男)に似てた事。これだけでも変態のダブルパンチだ。

 しかし幸いにしてと言うべきかそれとも不幸にしてと言うべきか、クーナが成長してもこの想いは変わる事はなかった。寧ろどんどん俺の中の理想のレディに成長していくあいつに、ますます想いは募るばかりだった。

 二年前、あいつが自分の保護者になってくれと頼んできた時はラッキーとすら思ったね。これであいつとずっと一緒にいる大義名分が出来たんだからな。

 ……とは言っても俺は百歳をゆうに超える年、一方のあいつはまだ十代。おまけに俺は根無し草の冒険者ときた。

 冒険者ってのは、十三歳以上でギルドの書類審査に通りゃ誰でもなれる。つまりひとところに定住している冒険者もいる訳で、冒険者全員が必ずしも根無し草という訳じゃないんだが、俺はずっと旅暮らしを貫いていた。

 そんな風来坊が嫁や子供を養ってくのは無理がある。そもそも幾らクラウスの親父の代から代々仲が良いとは言え、あいつの家族が許す筈がない。

 普段のあいつからは想像も付かないだろうが、あいつはいわゆる良家のお嬢だ。故郷のグランドラ共和国において唯一自治権を認められている名門、アウスバッハ家。それがあいつの家だ。可愛い娘を風来坊の嫁になんてやる訳がないだろう?

 そしてクーナ自身の気持ち。あいつが俺に「仲良しのおじさま」以上の好意を抱いている事には薄々勘づいていた。


 ――だがそれは、あいつ自身も気付いていない偽りの好意(・・・・・)だ。


 あの年頃の少女にはよくある話だ。親しい年上の男へのただの憧れを、恋だと勘違いしちまう。

 もしもあいつが俺と結ばれて、自分の勘違いに気付いたらどうなる? ――あいつは自分の選択を、死ぬほど後悔する事になるだろう。

 俺はあいつに、自分の人生を後悔させたくない。悔いのない人生を、生きて欲しいんだ。


 だから俺は今日も明日も、あいつの好意に気付かないフリをする。あいつが自分で、自分の勘違いに気付く日まで。


 ……なんて、カッコつけてみたが実際辛いぞ? 考えてみろ? 惚れた女と四六時中一緒なのに、手を出すのは絶対厳禁なんだぞ?

 俺だって男なんだよ。性欲ってもんが普通にあるんだよ。なのにあいつは平気で同じ部屋で着替えやがるし薄着で過ごしやがるし……!

 ハッキリ言って拷問だ。今日もただ腹の様子を見るだけのつもりが、つい暴走しちまった。途中で正気に返ったから良かったが、もしあのまま突っ走ってたらと思うと我ながらゾッとする。


 ……クーナが独り立ちする日まで、果たして俺は理性を保てるんだろうか?


 そう思うとまた憂鬱になり、俺の口から一際大きな溜息が漏れるのだった。

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