第67話 海から這い寄るもの
「……ん……」
沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上する。そこで私は漸く、自分が夢を見ていた事を認識した。
ゆっくりと、重たい瞼を開ける。すると目に飛び込んできたのは、薄暗い船室の木の天井だった。
「……何だか、懐かしい夢見ちゃったな……」
瞼の裏にぼんやりと残る、夢の残滓に頬が緩む。あれが、サークをハッキリと意識し始めた切欠だったんだよね……。
船室は一人一部屋構造になっていて、サークとは久々に別々の部屋だ。私は大きく伸びをすると、いつもの旅装に着替えて甲板へ向かった。
「んー、いい風!」
甲板への扉を開け放つと、気持ちのいい潮風が体を包み込む。さっきまで船内にいたから、遮る物のない朝の太陽が少し眩しい。
今日もきっと、あの人はあそこにいる。そう確信を持って、私は船首へと歩を進める。
人が多いとは言え見晴らしのいい甲板は、人を探すのも容易だ。私はすぐに、目当ての人物を見つける事が出来た。
「サーク!」
こっちに背を向けた、その人の名を呼ぶ。私の声に振り返った美貌のエルフの青年――サークは、私に気付くと小さく手を振った。
私は人にぶつからないようにしながら、小走りにサークに駆け寄る。そして隣に並んで立ち、遠い水平線を見つめた。
「陸、まだ見えないね」
「ああ。着くのは今日の昼頃の予定だしな」
再び海に視線を戻したサークが、私の言葉に頷く。その横顔を、私は海を見るフリをしながらそっと覗き見た。
サークは海を見るのが好きだ。前に船に乗った時も、こうして一日中船首で海を見ていた。
理由を聞いたら、「海の向こうを想像するのが楽しいから」だって。いかにもサークらしい理由だよね。
かくいう私も、海は好きだ。正確に言うと、海を見ているサークを見るのが好きだ。
だって、海に反射した太陽の光がサークの紫の瞳に映り込んで、本物の宝石みたいにキラキラ輝くから。これはきっと私と――亡くなったひいおじいちゃまだけが知ってる、秘密の宝物だ。
「どうだ? 久しぶりに中央大陸に戻る気分は?」
飽きる事なく輝く紫の瞳を見つめていると、不意にサークが振り返ってそう聞いてきた。急な事に、私は不自然な感じで目を逸らせてしまう。
「ま、まだ実感が沸かないかなっ」
「まぁ、最初はそんなもんだ。そのうち「ああ、帰ってきたな」って気になってくる」
幸いサークは私の様子には気付かなかったようで、ポンポンと私の頭を撫でてくる。う……いつになったらこの子供扱いなくなるのかな……。
「まぁまずは、先に中央大陸に渡った色ボケ神官とコンタクトを取る事からだな。多分ギルドに言伝てがあると思うが……ん?」
不意に、サークが海面に目を向ける。私も釣られるように、船の下を覗き込んだ。
見えたのは、船の周りを取り囲むように沸き上がる不自然な泡。……これは!
「おい! 魔物が来るぞ!」
そうサークが叫ぶと同時。海中から無数の青色の手が生え、船にしがみついた。