第8話 戦いを終えて
その後、村人さん達の無事を確認した私達は焼けた家の消火活動に当たった。と言っても主にそれをやったのは水の精霊を呼び出したサークで、私は水の精霊の召喚用の水の入った桶を持ってついて歩いてただけなんだけど。
村に被害を出しちゃった事で、もしかしたら恨まれるんじゃないかとも思ってた。実際それで依頼を達成したって認めて貰えなくて、報酬がパアになった事だってある。
けど村人さん達は、私達を歓迎してくれた。私達がいなかったら全員死んでたって。
「本当にありがとうございます! 何とお礼を言っていいか……!」
村の皆を代表して、村長さんが深々と頭を下げる。唯一焼けてなかった家は、この村長さんの家だった。
「顔を上げて下さい。村にここまでの被害を出してしまったのはこちらの落ち度です。申し訳ない」
「何を仰いますか! あなた方が駆け付けて下さらなければ、我々は今ここにはいません! それにあれだけの数の魔物をたった二人で倒したあなた方に、感謝こそすれ責めるなどもっての外!」
そう力説する村長さんに、私達は顔を見合わせ溜息を吐く。……それって、私達が怖いから文句を言って不興を買いたくないって事だよね? 何か複雑だなあ、そういうの。
「……それより、魔物保険には入っていますか? ここまでの損害なら、すぐに人員が派遣されると思います」
「それは勿論。魔物保険は、今や小さな村や町の生命線ですからな」
こういう時は何を言ってもドツボ。それが解ってるサークが話題を切り替えると、村長さんは大きく頷いた。
魔物保険と言うのは、魔物の数が増えて少し経った頃に冒険者ギルドが新たに始めたサービスだ。まず各村や町に、年に一度ギルドに掛け金を払って貰う。
そうすると万が一村や町が魔物の被害に遭った時、救援の為の資材や人員がギルドから速やかに送られてくる、というものだ。事実、この魔物保険のお陰で魔物に襲われた後早めに復興出来た村や町は幾つもある。
「なら、こちらから被害は報告しておきます。救援が来るまでどうされますか?」
「そうですなあ……何せ家も食料も殆どやられてしまいました。一時的に、隣町まで避難しようと思います」
「それがいい。道中の護衛は無償でお受けしますよ」
「何と! ありがたい!」
にこやかに申し出るサークに、村長さんを始めとした村人さん達が目を輝かせる。……ほんっと、サークって依頼人さんの前では好青年ぶるよね。言わないけど!
「そうと決まれば、日が暮れないうちに早速出発だ。クーナ、いけるか?」
「あっ、う、うん。私は大丈夫だよ!」
こっそりサークを睨んでると急に話を振られて、私は慌てて取り繕う。本当は殴られたお腹がかなり痛くなってきてるんだけど……村人さん達の安全の為には、泣き言なんて言ってられないよね。
「それじゃあ皆さん、俺達についてきて下さい。村がこんな事になって辛いとは思いますが、少しの辛抱です」
そうしてサークの先導の元、私達は隣町へ出発する事になったのだった。
「あー……つっかれたあ!」
無事に村人さん達を隣町へと送り届け、そのまま私達は隣町で宿を取る事にした。今日は沢山体力も魔力も使ったから、ハッキリ言ってもうくったくた!
「へばってる暇はねえぞ。明日は日が昇ったらすぐ出発だ」
ベッドに大の字に転がった私を、サークが冷ややかな目で見下ろす。サークも疲れてる筈なのに、少なくとも表向きはそうは見えない。
二人で宿に泊まる時、私達は必ず同じ部屋を取るようにしてる。と言うか、わたしが強引にそうさせた。
サークは「仮にもお前もいい年頃の娘なんだから」と散々渋ったけど、二人別々の部屋を取るよりこっちの方が経済的だし……何より、サークと一緒の時間が増える。だから絶対譲らなかった。
最初のうちは着替えがちょっと恥ずかしかったけど、すぐ慣れたし。あわよくばサークに女として意識して貰えるようになるかも? ……なーんて。
「ああ、そうだ、クーナ」
そんな事を考えていると、サークが私を見下ろしたまま口を開く。私は上半身だけを起こし、サークを見返す。
「何、サーク?」
「お前、ちょっと服脱げ」
……。
…………。
……はいいいいいいいいっ!?
「なななな何で!? いきなり!? そんな!?」
「いいから脱げっつの。今まで散々一緒の部屋で着替えしといて何恥ずかしがってやがる」
突然のとんでもない台詞にパニックになる私に、更に無慈悲にサークが言い放つ。ど、どどどどういう事ぉ!?
「や、やだやだ! 幾ら何でも見てる前でなんて脱げないよっ!」
「ああ? しょうがねえな……」
小手を着けたままの両腕で体を庇うようにして言い返すと、サークがはあ、と長い溜息を吐いた。う、うん。そりゃいつかはそういう関係に……って夢見てはいるけど、今はまだ早すぎるよね、うん。
そう、私が一人でホッとしていると。
唐突に肩を押されて、気が付いたら私の体はベッドに押し倒されていた。
「~~~っ!?!?!?」
「素直に脱がねえお前が悪い。大人しくしてりゃすぐ終わる」
あまりの急展開に完全に頭がついていけてない私を余所に、サークは手早く私のローブを脱がしにかかる。その手際の良さに、こういうの慣れてるのかな、なんて考えが浮かんで……じゃなくて!
どどどどどうしよう!? サークの事は好きだけどっ、でもっ……突然すぎて心の準備がまだ出来てないよーーーっ!!
そうしてどうしていいのか解らないままローブを脱がされ、下に身に付けていた白のタンクトップを胸のすぐ上まで捲り上げられたところで。
――不意に、サークの顔が大きく歪んだ。
「やっぱりか。……どうした、これ」
「え?」
止まった手の動きに、恐る恐るサークの視線を追う。サークの目は、私のお腹にじっと注がれていた。
そこで気付く。今日、ホブゴブリンに殴られた痕。それがきっと、痣になってるんだ。
「……その、ホブゴブリンと戦った時にちょっと」
「それで腹を庇うようにして歩いてたのか。何で言わなかった」
「……何となく、言いそびれちゃっただけ。本当だよ」
私の答えに、サークはまた大きく溜息を吐いた。そして私から離れると、自分の荷物袋を漁り始める。
「ほら」
「わ、わっ」
やがて、サークが何かを投げて寄越す。何とかキャッチするとそれは、金属で出来た小さな容器だった。
「打ち身に効く軟膏だ。とりあえず今夜はそれ塗っとけ。明日出発前に、教会に寄ってその痣治すぞ」
「そ、そんな、これぐらいでお金使ってられないよ!」
「お前には常に体調を万全にして貰わねえと、却ってこっちの負担になんだよ。風呂入ったらそれしっかり塗り込んで、すぐ寝ろよ」
そう言うと話は終わりだとばかりに、サークはそっぽを向いてしまった。……どうやら、本当に、私のお腹を確認したかっただけみたい。
(――っ、ビ、ビックリしたぁ……)
途端に全身の力が抜けて、私はベッドに突っ伏した。ま、紛らわしすぎる……。
……これってやっぱり、女としてはこれっぽっちも意識されてないって事なのかな。一人前の冒険者としてと一人の女として。どっちとしても見て欲しいなんて我が儘なのかな。
ううん、負けるもんか。夢も、恋も、絶対どっちも手に入れてみせる。女の子は欲張りなんだから!
「……お風呂行ってくる!」
私は自分の荷物袋からタオルを引っ掴むと、決意を新たにしながらお風呂に向かった。