第62話 目覚めの口付けを
「殺せ!」
「我らが神の敵を殺せ!」
阻む壁のなくなった操られた人達が、一斉に私へと群がってくる。私はそれを徒手空拳で蹴散らしながら、サークの元へ急いだ。
あれだけ深く刺した筈の腕は、魔道具の効果か、痛みは激しいけど問題なく動いてくれている。その事が、今はありがたかった。
「……へえ。どうやら死ぬ覚悟が決まったらしいな、クーナ」
そんな私を見て、サークがニヤリと笑う。そして、背後に控えるノアとビビアンを振り返った。
「ノア様、ビビアン様! コイツは俺一人にやらせてくれ! 可愛い愛弟子への、最後の情けだ!」
「構わないよ。かつての仲間同士が殺し合うショーほど、面白いものはない。残りの者達は戦士の方をやれ!」
「キャハハッ! 次ヘマしたらオシオキするから!」
二人の返事を聞いたサークは、私に向き直り曲刀を構える。同時に、私を追ってきていた他の操られた人達がクルリとベルの方へ反転した。
「さて、これ以上お二方に格好悪いところは見せられないんでな。今度は本気でいかせて貰う……ぜっ!」
完全に一対一になったのを見届けたサークの足が地面を蹴り、私との距離を一気に詰める。そして何かを呟きながら、曲刀を斜めに振り下ろした。
その一撃をバックステップでかわした瞬間、私は見た。サークの横に浮かぶ、土の精霊を。
「貫け!」
咄嗟に今度は横に跳んだ私を掠めるように、地面から土の棘が突き出る。魔道具で肉体を強化してなかったら、今頃あれを避けられずに貫かれてた……!
「……チッ、まだその早さに慣れないな。だがそれも時間の問題だ。追え!」
その言葉と共に、地面から次々と棘が突き出しては私に迫ってくる。私はそれから必死で逃れながら、一生懸命考える。
サークの言う通り、あまり時間はかけられない。それは私の体力的な問題もあるけど……。
一番の理由は、サークの最大の武器がその観察眼にあるという事だ。僅かな時間で相手の行動の癖を読み取り、それを元に戦術を組み立てる。
今は私の元の速度と今の速度の差にまだついていけてないみたいだけど、恐らくそれにもすぐに慣れる。そうなれば、サークを元に戻せる確率はグッと低くなる。
だから、その前に……命を懸けてでも成功させる!
土の棘がだんだん私の肉を削り始める中、私はサークへ向かって駆け出した。そんな私に、サークは不敵に笑って曲刀を向ける。
「勝負を賭けにきたか。その心意気は褒めてやるぜ!」
私がただ玉砕しに来たんじゃない、操られていてもその事は解ってくれるサークに涙が出そうになる。でも駄目だ。泣くのは、全部上手くいってからだ!
後少しでサークの元まで辿り着くというところで、私は全力を振り絞ってスピードを更に上げる。サークは落ち着いた様子で、私を迎え撃つべく曲刀を振りかざす。
「ハッ、フェイントのつもりだろうが、直線的すぎて意味が……!?」
言いかけたサークの言葉が、途中で止まる。理由は――あと一歩で間合いに踏み込むというところで、突然私が後ろに跳んだからだ。
すぐ足元に、土の棘が迫る。私はタイミングを合わせて、その側面を足場にして再びサークに向かって跳躍した!
「チッ……だが遅い!」
けどサークはすぐにそれに反応し、迎撃の構えを取る。こうなったらもう、命を捨てる覚悟でいくしかないかもしれない。
私はどうなってもいい。サークさえ元に戻ってくれたら――。
そう、私が思った時だった。
「……っ!? 何だ? 頭が……っ!」
突然、サークの様子が変わった。苦しげに頭を押さえ、それによって構えが一時的に解かれる。
何が起こったのか、私には解らない。けど……この最後のチャンス、絶対に逃しはしない!
「クソッ、この程度ぉ!!」
頭を振り、サークが私に向けて曲刀を突き出す。それは私の脇腹を貫き、背中まで貫通した。
それでも。私の勢いは止まらずに。
――ぶつかるように、私達の唇が重なった。
もつれ合うようにして、私達はその場に倒れる。その最中、私はサークの口内に自分の血を注ぎ込む。
ゴクリと、小さくサークの喉が鳴る音がする。お願い、サーク……正気に戻って!
強い祈りを込めながら、中が空っぽになった口をゆっくりと離す。サークは倒れたままの姿勢で、ピクリとも動かない。
「……クー、ナ……?」
やがて血に濡れた唇が、私の名を呼ぶ。その声に、私がサークの目を見ると。
私の大好きな、紫水晶色の眼差しが、優しく私を見つめていた。
「サーク……良かった……今度こそ、元に戻ったんだ……」
「俺……俺、は……」
「本当に……良かっ……ゴフッ!」
安心と同時に喉に競り上げてきた血の塊を、サークの顔に吐き出してしまう。ああ、駄目。サークの顔が汚れちゃう。
ごめんねって、そう言いたいのに言葉が声にならない。意識が、急激に遠くなっていく。
「クーナ! クーナっ……!」
サークが必死に私を呼ぶ声を聞きながら。私の意識は、深い深い闇の中へと堕ちていった。