閑話 その9
おれは、捨て子だ。産まれてすぐに、この村の入口に捨てられたらしい。
身寄りのないおれは、村長の家で育てられる事になった。そんなおれに、村の奴らは冷たかった。
『余所者の子の癖に』
おれが何かをすれば、いつもそう言われた。何もしてなくても、いつの間にかおれのせいにされてた。
おれは、ずっとひとりだった。――カゲロウさんと、会うまでは。
ある日の事。いつものように村外れの小屋を訪れると、白い髪の見慣れない人が中の掃除をしていた。
この小屋は、おれの秘密の遊び場だった。だから怒鳴り付けて、追い出してやろうとしたんだ。
そうして息を吸い込んだ瞬間、白い髪の人がこっちを振り返って――おれは今吸った息を、そのまま飲み込んだ。
今まで見た誰よりも、とびきり綺麗な人がそこにいた。
『おや、童。妾に何か用かえ?』
優雅な笑みを浮かべながら、綺麗な人は言った。おれにそんな笑みを向けてくる人なんて、今まで会った事がなかった。
『お……お姉さん、誰?』
漸く言葉に出来たおれの声は、きっとみっともなく震えていたと思う。だって、それくらい……今まで感じた事がないほど、凄く、ドキドキしたんだ。
『妾はカゲロウ。旅の占い師をしておる。ぬしの名は?』
『ク……クオン』
『良い名じゃ。妾はこれより暫く、この小屋に厄介になる。よしなにの』
『……う、うん!』
何度もこくこくと頷くおれに、綺麗な人――カゲロウさんは、可笑しそうに笑みを深めた。その笑顔が眩しくて、少し恥ずかしくて……。
ずっとずっと、この人に笑っていて欲しいって――心から、そう思ったんだ。
それから毎日、おれはカゲロウさんに会いに行った。カゲロウさんは村の奴らの相手をしてる時以外は、いつも色んな話をしてくれた。
おれと同じで、捨て子だった事。
生まれつき、悪い未来だけを知る力があった事。
そのせいで皆に疎まれて、故郷を追い出された事。
同じだって思った。ただ捨て子同士だからじゃない。カゲロウさんもおれと同じでひとりなんだって、強く思った。
カゲロウさんは、自分が見た悪い未来を変えたくて占い師になったんだって言った。凄いと思った。おれだったら、そんな風に誰かの為になんて生きられない。
他人の事なんて、正直どうだっていい。でも、この人の為なら――カゲロウさんの為なら。
おれは、自分以外の誰かの為に生きられる。……そう、思ったのに。
村に現れた魔物を倒しにカゲロウさんと余所者達が向かった後、おれは自分がどうするべきか悩んだ。カゲロウさんからは、絶対に小屋を出るなと言われていた。
でも、じっとしてなんていられなかった。カゲロウさんが危険な目に遭ってるのに、一人だけ安全なところになんていられなかった。
それに、魔物が出たというのは嘘かもしれない。村から出ていくつもりのないカゲロウさんを連れ出して、皆で酷い事をする気かもしれない。
だからおれは、小屋を飛び出した。カゲロウさんを助けられるのはおれだけだって、根拠もなくそんな事を思ってた。
でも、それが間違いだった。
カゲロウさんを追った先で見たのは、見慣れた村が燃え盛る光景。そして……炎を吐き出す、大きくて黒い塊。
あれが魔物だと、一目で解った。解った瞬間、体がまるで石になったみたいに動かなくなった。
怖かったんだ。生まれて初めて、まともに目にする魔物が。
パニックになって、頭真っ白になって。おれ、咄嗟に思っちゃったんだ。「カゲロウさん、助けて」って。
その願いが届いたのかな。気が付いたら、おれはカゲロウさんに助けられてた。
けどその代わりに、カゲロウさんは酷い怪我をした。おれが来てしまったから。おれを助けたせいで。
魔物が死んで、カゲロウさんがどこかに運ばれていっても、おれはやっぱり動けなかった。おれのせいで、カゲロウさんが怪我をした。その事実が、どうしようもなく苦しくて。
おれは、カゲロウさんを守れなかった。守るどころか、逆に危険に晒した。全部、全部……おれが、弱いせいで。
強くなりたい。
今度こそちゃんとカゲロウさんを守れるくらい、心も力も強く。
溢れた涙を、乱暴にごしごしと拭う。そうだ。いつまでもウジウジしたり、泣いてる場合じゃない。
強く、なるんだ。強くなる。初めて大好きだと思った人の為に。
まずは、謝らなきゃ。怪我させてごめんなさいって。ちゃんと、カゲロウさんに。
そう心に決めて、おれはカゲロウさんを探して走り出した。