第52話 避けられぬ災い
「さて……妾に何の用があって、この小屋を訪れたのかのう?」
小屋の囲炉裏でお湯を沸かす準備をしながら、占い師――カゲロウさんが私達に問いかける。それに猛然と声を上げたのは、やっぱりあの男の子だった。
「言っただろ、カゲロウさん! こいつらはカゲロウさんを村から追い出しに来たんだって!」
「それは、この者達が自分の口でそう言ったのかえ? 童よ」
「……言って、ない」
けどカゲロウさんが静かに諭すように言うと、男の子は途端に意気消沈してしまう。ちょっと思い込みが激しいところはあるけど、あの子、本当にカゲロウさんが好きなんだなぁ……。
「童よ、ぬしが童の事を心配してくれるのは解る。だが、憶測だけで物事を決めつけるのは感心せぬのう」
「う……ごめんなさい……」
続けられたカゲロウさんの言葉に、男の子はすっかり肩を落としてしまった。ちょっと可哀想かなと、私は咄嗟に慰めを口にする。
「だ、大丈夫だよ! 村長さん達にそういう話をされたのは本当なんだし!」
「だがそっちの話を聞かずに、無闇にアンタを追い出す気もこっちにはない。だから、アンタの言い分を聞かせて貰えるか?」
サークが言うと同時に、囲炉裏に掛けられた鍋の水が沸騰する音がする。カゲロウさんは無言でそのお湯で人数分のお茶を煎れ、私達に差し出してきた。
これは私も知ってる。サイキョウ原産の、緑色のお茶だ。甘いものによく合うと、最近若い女の子達の間でブームらしい。
「……さて、どこから話すべきかのう」
自らもお茶を啜り、カゲロウさんがやっと口を開く。その表情は心なしか、どこか憂いに満ちていた。
「恐らく、村の者には、妾が不幸を呼ぶとでも言われたのじゃろう。……それは、その通りかも知れぬし、そうではないかも知れぬ。一つ確かな事は、妾は未来の出来事のうち、災いのみを見る『瞳』を持っているという事じゃ」
「災いだけ? 他は見えないのか?」
「左様。妾に見えるのは、常に近く起こる災いのみ」
そう言って、またカゲロウさんがお茶を啜る。そこに、男の子が口を挟んできた。
「だからカゲロウさんは! 自分の見た未来を皆に伝えて警告してるんだ! なのに皆、全部カゲロウさんのせいにして……!」
「落ち着くのじゃ、童。……それに妾が見た災いは、避ける事が出来ぬ。どれほど気を付けようとも……」
「避けられない……?」
問い返した私に、カゲロウさんは小さく頷いた。……表情の憂いが濃くなった気がするのは、果たして気のせいなんだろうか。
「例え災いの原因を一時的に排除したとしても……若干形は変わるが、必ずその災いは起こる。妾は何度もそれを阻止しようとしたが……」
「……総て失敗した。そういう事か」
「左様じゃ」
サークの言葉に俯き、視線を落とすカゲロウさん。……きっとこの人は、避けられない災いを知る度にきっと胸を痛めてきたんだろう。
「その力を、アンタはどうやって手に入れた?」
あくまで冷徹な態度を崩さずに、サークがそう問いかける。けどカゲロウさんは、力無く首を横に振った。
「……解らぬ。物心ついた頃にはもうこの力はあった。妾は捨て子だったゆえ、遺伝なのかどうかも解らぬ」
うーん……私達の本当の目的である、カゲロウさんが異世界の人かどうか確かめるのはどうやら出来ないっぽい。例え異世界の人だったとしても、本人にその自覚と記憶がないなら意味がないもんね……。
「そういえばカゲロウさん、どこ行ってたの? おれ、カゲロウさんが出てっちゃったんじゃないかってメチャクチャ心配したんだから!」
「それはすまん事をしたの、童よ。実は……」
「た、大変です、冒険者さん!」
カゲロウさんが男の子の疑問に答えようとしたその時、突然、入口の引き戸が乱暴に開け放たれた。私達が振り返ると、そこには息を切らせたショウヘイさんが立っていた。
「どうした?」
「村に……みっ……見た事もない魔物が……!」
「!?」
私とサークは、その言葉に思わず顔を見合わせた。