第43話 打倒、キングオーク
「ブオオオオオオオオオッ!!」
林をもう少しで抜けるというところまで来た時。突然空気を震わせるような、そんな雄叫びが辺りに轟いた。
次いで微かに聞こえる、戦いの音。間違いない――この先で、誰かがキングオークと戦っている!
「皆!」
「うん!」
「ヒイイイ……ルミナエス様ぁ……」
振り返った先頭のテオドラに頷き返し、足を速める。林を抜けると、そこではやっぱり誰かが身の丈三メートルほどもある一際大きなオーク――恐らくはキングオークと戦っていた。
「ガンツ!」
その姿を見たレミが、反射的に大声を上げる。キングオークにも負けない大きな体躯に神官服。それは紛れもなく、以前レミと一緒にいたガンツさんだった。
「……レミ?」
「ブオオオッ!」
レミの声にガンツさんが一瞬こっちを振り返った、その隙をキングオークは見逃さなかった。高速で横薙ぎに振るわれた巨大な棍棒がガンツさんの体を打ち、ガンツさんの巨体は軽々と吹き飛ばされていった。
「イヤアアアアアアアアアッ!?」
「チッ……プリシラ、お前はレミと今吹っ飛ばされた奴の所へ!」
「わ、解った~!」
サークの指示に、プリシラが取り乱すレミを引きずるようにガンツさんの元へ急ぐ。残った私達は誰からともなく戦いの構えを取り、目の前のキングオークと対峙した。
「俺が奴の足を止める。テオドラは奴の注意を引き付けて、クーナはその隙に魔法をどんどん叩き込め!」
「うん!」
私は頷き、いつでも魔法を撃てるように精神を集中させる。その間にテオドラはキングオークに向かって駆け出し、サークは土の精霊を自分の側に呼び出す。
「ニンゲン……フエタ……コロス……ゼンブコロス……!」
キングオークが、血走った目を向かってくるテオドラに向ける。そして棍棒を大きく振りかぶり、物凄い速さでテオドラへと振り下ろした!
「うわっ!」
避けるのは間に合わないと判断したんだろう、テオドラは戦斧を上に構えてそれを受け止める。普通なら無謀な判断、でもテオドラにとってはそうじゃなかった。
「ブオッ!?」
「……うぐぐ……」
テオドラは棍棒をしっかりと受け止めた姿勢のまま、その場に立っていた。テオドラの足元の地面が僅かに陥没しているのが、今の衝撃の凄まじさを物語っている。
「土の精霊よ、あのデカブツを動けなくしてやりな!」
そこにサークが、キングオークの足を周囲の土で固めて動きを止める。よし……後は私の出番!
「消し炭にしてあげる! 『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
私が唱え終わると同時に大きな二つの火球が生まれ、動けないキングオークを左右から襲う。火球は着弾すると火柱に変わり、キングオークを激しく燃やした。
「やったぁ!」
その光景に、テオドラが戦斧から手を離して歓声を上げる。けどサークは、厳しい表情を崩さない。
「まだだ! 離れろ、テオドラ!」
「へっ?」
「ナンノ……コレシキ……ブオオオオオオオオオッ!!」
炎に包まれたままのキングオークが、凄まじい咆哮を上げる。すると身を包んでいた炎は、瞬く間に霧散してしまった。
「嘘ぉ!?」
「シィィネェェェェエエ!!」
驚くテオドラに、キングオークが戦斧の食い込んだままの棍棒を再び振り下ろす。テオドラはその一撃を寸でのところで後ろに飛び退きかわしたけど、代わりに完全に丸腰になってしまった。
「何なのあいつ! あれだけ丸焼きになってたのに!」
「サーク、これってもしかして……!」
「ああ……改造されて生み出されたのに間違いないだろうな!」
私の脳裏に、以前戦った魔法耐性を持つアンデッド達の姿がよぎる。死者だけじゃなくて、生きてる魔物にまで魔法耐性を与える事が出来るなんて……!
ちらりとプリシラ達の様子を見ると、倒れたガンツさんに懸命にヒーリングをかけるレミの姿が見えた。……キングオークをあっちに向かわせない為にも、ここは踏ん張るしかない!
「クーナ、あの棍棒をどうにかする自信はあるか?」
「うん、多分直接『炎の拳』を叩き込めば燃やせるよ!」
「よし。隙は俺が作る、お前はあの棍棒を燃やす事にだけ集中しろ!」
「うん!」
サークの指示に頷き、私は駆け出す。途中、困ったように棍棒に食い込んだままの戦斧を見るテオドラに声をかけた。
「テオドラは一旦下がってて! 私がテオドラの斧を取り返す!」
「う、うん、解った!」
言われた通り下がっていくテオドラと擦れ違うと、キングオークが土の拘束を力ずくで破ったところだった。私はキングオークを正面に見据えながら、両手に炎を纏わせる。
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりてこの身に宿れ』!」
「ソウナンドモモヤサレルカ!」
私の纏った炎に先程燃やされた怒りを思い出したのか、キングオークが力一杯棍棒を振り下ろしてくる。それを私は横にステップを踏んでかわすけど、衝撃で飛び散った地面の石が額を打って少しバランスを崩す。
「ぐっ……!」
「チッ、あの馬鹿! ……風よ! 砂を巻き上げろ!」
そこにキングオークが棍棒を振り下ろそうとしたその時、サークが砂埃をキングオークの顔に吹き付けた。砂が目に入ったらしく、キングオークは構えを解いて目を擦り出す。
「ごめん、サーク!」
「気を抜くな、さっさと決めろ!」
この好機を逃す手はない。私は両手の炎を、更に激しく燃えたぎらせた。
「ハアアアアアアアアッ! 喰らえ、『炎の拳』!!」
地面を跳躍し、垂れ下がっている棍棒を右の拳で思い切り殴り飛ばす。棍棒はたちまち燃え上がり、キングオークの手を焼いた。
「ブオオオオオオオオオッ!!」
「!!」
けどその直後、キングオークは燃え盛る棍棒を私に向けて投擲した。まだ空中にいる私に逃れる術はなく、咄嗟に両腕を体の前にクロスさせて防御の姿勢は取ったものの、棍棒の直撃を受けた体は激しい衝撃と共に吹き飛んで勢い良く地面を転がった。
「ぐ、ぅ……」
「クーナ!」
「クーナちゃん!」
歪む視界の中、テオドラがこっちに駆け寄ってくるのが解る。私は身を起こそうとするけど、頭を強く打ったせいか体に力が入らない。
「テメェ……絶対にブッ殺す!」
「……エルフ」
「お前……! もういいのか?」
「……レミのお陰だ」
気が付くと、曲刀を抜いたサークの側にガンツさんが立っていた。白かった神官服は酷く汚れてしまっていたけど、戦うのに問題はないみたいだ。
サークに、私達が来るまで一人持ちこたえていたガンツさん。この二人なら、きっと……!
「合わせろ、エルフ」
「ハッ、誰に向かって言ってんだ?」
軽い言葉の応酬の後、二人は同時に動き出す。まずはリーチのあるガンツさんが、素手になったキングオークに金棒での突きを繰り出す。
「ブオオオッ!」
けどキングオークは、突き出された金棒を両手でガッチリと受け止める。その瞬間――ガンツさんの口元が、ニヤリと歪んだ。
「隙だらけだぜ、デカブツ!」
直後、ガンツさんの背を踏み台にサークがキングオークの頭の高さまで跳んだ。キングオークは慌ててサークを掴もうとするけど、もう遅い。
「終わりだ!」
サークが振り抜いた曲刀は、キングオークの首を胴体から一撃で切り飛ばしていた。