閑話 その6
……誰か教えてくれ。この状況は一体何なんだ?
「お願い、サークさん。こんな事、サークさんにしか頼めないんだ」
そう言って、テオドラとプリシラの二人が俺を見上げる。心なしかその目は、微かに潤んでいるようにも見える。
「ウチら、ずっと切なくて~……サークはんみたいな人現れたら、もう、我慢出来ひん~……」
「……お前ら、自分が何言ってるか解ってんのか?」
「ボク達、本気だよ。ねぇ、お願い、サークさん……」
テオドラが緊張したように、一度唇を固く結ぶ。そして自分の胸の内を吐き出すようにして言った。
「今夜一晩、ボク達の抱き枕になって!」
「いや何でだよ」
真っ直ぐな目でこっちを見つめてくる二人に、冷めた視線を返す。俺達のそんなやり取りを見守るクーナとレミも、揃って困惑の表情を浮かべていた。
途中で天然の温泉に入った事もあり、野営地に戻ってこれたのは真夜中だったが、人手は増えた為野営の準備はすぐ終わった。食事も事前に多めに買い込んでおいた食料を全員で分け合って、後は寝るだけとなったんだが。
「お願い! 今夜だけでいいから、ボク達と一緒に寝て!」
……と突然言い出されて、現在に至るという訳だ。
「だって……ボク達兄さんと住んでた頃はずっと三人で寝てたし……」
「サークはんは体格が兄やんに似てるから~、ウチらつい懐かしゅうなってしもて~……」
いやどんな家庭だ。お前ら兄貴とやらと離ればなれになったのは独り立ち出来るようになった歳っつってたろうが。それともこいつらの世界じゃそれが一般的なのか?
「兄やんにはいい加減、一人で寝るようにって散々言われたんやけど~……」
って一般的でも何でもねえじゃねえか! どうやら兄貴はまともなのに何でこいつらこうなんだよ!
「……あのな。俺はお前らの兄貴でも何でもない赤の他人だ。ましてや俺達は今日始めて会ったばかりだ。もうちょっと危機感とか何かないのか?」
俺の言葉に、クーナが勢い良くコクコクと頷く。クーナもこの年頃にしちゃ警戒心が薄い方だと思ってたが、まさかそれ以上がいるとは思わなかった。
ちょっと厳しめに言ったつもりだったが、しかし二人の反応は。
「キキカンって……何?」
「何や~?」
だった。誰か何とかしてくれよこの二人!
「お願いや~。ホンマ一晩だけでウチら満足するから~」
「これもボク達を助ける為だと思って!」
肩を並べて、一斉に頭を下げる二人。……まぁ、本当に俺に兄貴代わりになって欲しいだけみたいだし、ガキの頃のクーナに添い寝してやったのと同じと思えばいいか……。
「……わあったよ。一晩だけだからな」
「え!?」
仕方無く承諾の返事を返した俺に、声を上げたのはクーナとレミだった。特にレミなんかは、人を汚物か何かだと思ってるような顔をしている。
「こここ、ここぞとばかりに女の子を侍らせて寝ようなんて最低デス! やっぱり男は皆ケダモノデス!」
「誰がケダモノだ。お前らみたいなガキに間違っても欲情するかよ」
「欲情って! 欲情って!! ちょっとクーナサン、あなた仲間なら何とか言っ……て……?」
途中で言葉を止めたレミに俺もクーナを見ると、クーナは顔を俯かせ、拳を震わせていた。……俺に幻滅して怒ったか。まぁクーナに俺を諦めさせるには、もしかしたら丁度良い機会なのかも……。
そう思っていると、唐突にクーナがバッと顔を上げ。そして、真っ赤になりながら言った。
「わ……私もサークと一緒に寝る!!」
「ハァ!?」
あまりの爆弾発言に、思わず俺まで大声を出してしまう。こいつ……今何つった!?
「ちょっと待て! 何考えてんだお前!」
「私だって小さい頃、サークと一緒に寝てたもん! た、た、たまには甘えたっていい筈だもん!」
「馬鹿かお前は! 自分の歳考えろ!」
「だってテオドラとプリシラにはいいって言ったじゃない! 何で私は駄目なの!?」
「うっ……」
不味い。完全に墓穴を掘った。まさかお前に惚れてるからだなんて、絶対に言える訳がない。
「そ、そうだ。テオドラ、プリシラ、お前らだってあんまり人が増えたら嫌だろ!?」
助けを求めるように、俺はテオドラとプリシラを振り返る。だが。
「ええやん~。ほなクーナはんも一緒に寝ようや~」
「どうせならレミちゃんも合わせて皆で寝ようよ! その方が絶対楽しいよ!」
「ワ、ワタシもデス!?」
二人は逆に、そう言ってはしゃぎ出す始末。ああ、お前らに期待した俺が馬鹿だったよ!
「……サーク……」
ふと気が付くと、クーナが上目遣いの潤んだ目で俺を見ていた。クソ、誰だクーナにこの技仕込みやがったの。ぜってーあの女だな!
「……解ったよ。全員で寝りゃいいんだろうが!」
遂に自棄になって、俺はそう叫んでいた。
「……すぅ……」
全員分の寝息が、耳に響く。何だかんだで疲れていたんだろう、最後までぼやいていたレミですら、横になった途端にすぐ寝入ってしまった。
一方の俺はと言えば。
「……何でクーナが俺の真正面なんだよ……」
よりにもよって、お互い抱き合うような形で眠りに就いてしまっているクーナを軽く睨み付ける。体が密着してるせいで、正直色々なものが当たってヤバい。
最初に俺を抱き枕にしたいと強弁していたテオドラとプリシラは、テオドラは背中に密着、プリシラはクーナごと俺を抱き込む形で落ち着いた。だからテオドラの色々なものも当たっているのだが、俺はクーナ一筋な為役得とすら感じられない。
最後にただ一人俺の側を拒んだレミがテオドラの背中側に寝て、今の態勢完成。……普通の男にとってはきっと天国なんだろうな、この状況……。
いやそれよりも、クーナと密着してるこの状態だ。確かにクーナが小さい頃はよく一緒に寝たもんだが、中身はともかく、今じゃ体は立派な大人だ。
つまりそういう事が可能な体という訳で……。惚れた女にそんな体で密着されたら意識しねえ方がおかしいだろ!?
我ながら、童貞でもない癖に反応が童貞臭いとは思うよ。けどこんな気持ちになる女は、クーナが初めてなんだ。
「クソ……人の気も知らねえで呑気に寝やがって……」
毒吐きながら無意識に触れたクーナの髪はまだ少し湿っていて、微かに温泉の香りがした。