第30話 救いの一手
「ハア……駄目だ、全然見つからないよ……」
サークと別れた私とベルは、ワイルダーさんに見つからないよう屋敷を隅々まで探索した。そのうち暗くなってきたので、火を使わずに灯りを点けられる魔道具、ポータブルカンテラも点けて暗がりを照らした。
けれどどこにも、隠されているようなものは見つからなかった。屋敷の中に残されていたものは全部、すぐ目につく所にあったのだ。
「これだけ探してないとなると……やはり目的のものは屋敷の外へ運び出されたのか……?」
「どうしよう……そうだとするとお手上げだよ……」
ベルと顔を見合わせ、どうしようかと悩む。と、私の目に一枚の絵が飛び込んできた。
それは、年を取った女の人が描かれた肖像画だった。その顔は気のせいか、どこか憂いを帯びて見える。
「あれ……もしかして奥さんかな」
私の呟きに、ベルも私の見ている方を振り返る。そして絵を目にした途端、形の良い眉がピクリと跳ねた。
「? あの絵……」
『カエセ……!』
「!!」
ベルが何かを言いかけたその時。部屋の扉がひとりでに開き、ワイルダーさんが姿を現した。
「しまった……!」
『カエセ……カエセ……!』
私を庇うように、ベルが私とワイルダーさんの間に割って入る。ワイルダーさんの表情はぼやけ、ゴーストのものになりかけている。
「お願いワイルダーさん! 正気に戻って!」
『カエセエエエエエッ!』
必死に呼び掛けてみても、ワイルダーさんが反応する事はない。逆に辺りの瓦礫を操り、私達に攻撃を仕掛けてきた!
「くっ! クーナ、私の後ろから動くな!」
それに対し、ベルが即座に印を結んで手を前に突き出す。すると飛来した瓦礫はベルの寸前で、何かに弾かれるようにして落ちた。
物体に魔法、あらゆるものを遮る聖魔法、シールド。高位の聖魔法であるこのシールドを行使出来るという事は、やっぱりベルは相当な使い手みたいだ。
ワイルダーさんの攻撃は総てベルのシールドによって阻まれ、防がれていく。けどその間もワイルダーさんの顔付きは、少しずつゴーストに近付いていた。
「どうしよう……このままじゃ……!」
「んんー、いい顔付きになってきたデス!」
「!?」
焦る私の耳に、真逆の楽しそうな声が響く。私は辺りを見回し、声の出所を探す。
すると開いた部屋の入口に、二人組の誰かが立っていた。二人は共に白いローブを着ていて、どうやら神官のようだった。
片方は栗色の髪をおさげにした女の子。手にはボウガンを持ち、目元はビン底眼鏡でよく見えない。
もう片方はサークよりも背の高い巨漢の男の人。髪の毛は綺麗に剃られていて、手には巨大な金棒を握っている。
「誰!?」
「ふふん、あなた方が知る必要はないデス。あなた方はワタシがこのゴーストを退治するのを黙って見てればいいデス」
得意気にそう言われ、私は確信する。――さっき説得の邪魔をしたのは、この人達だ!
「どうしてこんな事をするの!?」
「決まってるデス。誰もが手を焼いたこのゴーストを、たった二人で退治したという実績を得る為デス。教団内での地位を上げる為には、何より実績が必要なのデス」
「その首のロザリオ……貴様達はルミナエス教の者か」
「ご名答デス。あなたがどこの教徒か知らないデスが、他教徒の邪魔も出来て一石二鳥デス」
あまりにも悪びれた様子のない二人に、怒りがこみ上げてくる。この二人は――ワイルダーさんをただの出世の道具としてしか見ていない!
「……私も褒められた生き方はしていないが、その私から見ても、貴様らは最低だな」
ベルも私と同じ気持ちなのか、シールドは解かずに吐き捨てるように言う。そんな私達の怒りの視線など、二人は意にも介してないようだった。
「負け犬の遠吠えは虚しいだけデス。どうせあなた方はゴーストの攻撃を防ぐので手一杯デス。今のうちに最後の一押しを……」
「そこまでだ」
「ひぎゃっ!?」
ニヤリと笑い、眼鏡の子がボウガンを構えた直後、まるで何かに縛られたように二人は棒立ちになった。何が起こったのかと私が目を丸くしていると、二人の後ろから風の精霊を連れたサークが現れる。
「サーク!」
「遅れて悪ぃ。こいつらやたらと逃げ足が早くてな」
「コラー! 何をしたデス! 離すデス!」
必死になって見えない拘束から逃れようとする二人に、サークが冷たい視線を送る。そして静かな、けれど怒気を孕んだ声で言った。
「……テメェら、よく自分が生きてて当然だと思ってられるな? 今すぐ殺してやってもいいんだぞ」
「――っ!?」
「……レミ、俺達の負けだ。抵抗はよそう」
サークの言葉に顔をひきつらせたおさげの子に、それまで一言も喋らなかった巨漢が言った。どうやらおさげの子より巨漢の方が、比較的冷静みたいだ。
「……うぅ」
ガックリと項垂れたおさげの子はそれ以上は放って置く事にして、荒れ狂い続けるワイルダーさんに視線を戻す。急激なゴースト化だけは避けられたけど……このままじゃどっちみち同じ事になる。
「クーナ、私の頼みを聞いてくれるか?」
その時、不意にベルがこっちを見て口を開いた。ずっとシールドを張り続けているせいか、額には玉の汗が浮かんでいる。
「うん! 何?」
「さっき君が見つけた絵があるだろう。それを破いて欲しい」
「あの絵だね! 解った!」
「え?」
素直に頷いた私に、ベルが面食らった顔になった。拍子に弱まったシールドを突き抜けて飛んできたガラス片を、私は慌てて避ける。
「わっ!」
「あ、す、すまない……その……何故かと聞かないのか?」
戸惑った様子で、ベルが私に問いかける。私はそれに、力強く答えた。
「友達の考えた作戦なら、深く聞かなくても信じるよ、私は」
「――!」
「それじゃ、行ってくるね!」
ベルと別れ、私は老女の絵へと駆ける。老女の絵は少し高い位置に掛けられていて、普通にジャンプしたんじゃ届きそうになかった。
魔法を使うにも、ここは屋内。間違って中の物に引火したら、この屋敷そのものが燃えてしまう。
なら――。
「はああああああああっ!!」
私は絵の掛かっている壁じゃなく、その側面の壁へと飛んだ。そして壁に足を着けると、そのまま壁を蹴って絵の方向に三角飛びを試みた。
高さは……十分! 一撃で決めてやるんだから!
絵に体が届く寸前、私の体が縦に一回転する。そして――。
「いっけええええええええええっ!!」
私の全力を乗せた踵落としが、額ごと老女の絵を粉砕した。