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番外編 ドキドキな一日(前編)

「じゃ、アタシは行くよ。頑張りな、クーナ」

「う、うん……」


 待ち合わせ場所手前で、ドリスさんと別れる。さっきから、鼓動がうるさく鳴り響いて止まない。

 どうしよう。こんな日が来るなんて思ってなかった。そんな考えばかりが、グルグルと巡る。


 そう――私クーナは、今から、生まれて初めて「デート」というものをするのだ。



 切欠は、ドリスさんの一言だった。


『アタシの骨もそろそろ繋がるし、皆で食事でもしようじゃないか。迷惑かけちまったお詫びに、アタシが奢るからさ』


 そう言ったドリスさんにサークは嫌がったけど、私はOKだと伝えた。同業者さんとご飯を食べに行く機会って、正直あんまりないしね。

 ちなみに無理矢理キスされた事が尾を引いてるのか、ドリスさんのお見舞いに行くのすらサークは乗り気じゃなかった。……ドリスさんももうしないって言ってたし、私はもう気にしてないのにな。

 とにかく、その時私とサークは、「女の支度には時間がかかるから」と別々の場所で待つように指示された。それにまたサークは不機嫌そうにしたけど、私が何とか宥めた。

 そして迎えた当日。まずドリスさんと合流した私は、真っ先にブティックに連れていかれその場で服を着替えさせられた。

 何でも元々自分は一緒に行く気はなく、始めから私とサークを二人きりでデートさせる気だったらしい。で、デートなんだからそれらしい格好をって先に服をプレゼントしようというつもりみたいだ。

 自分の気持ちがバレバレなのは正直恥ずかしかったけど……サークとデートしたいかしたくないかと言われれば、やっぱりしたい!

 そんな訳で、私はおよそ二年ぶりになる旅装束以外の服に身を包んで、サークの元へ向かう事になったのだった。



 覚悟は決めたつもりだったけど、いざその時になると緊張で目が回りそうになる。残暑のせいだけじゃなく、体中から変な汗が出そう。

 あーもう、頑張れ私! ドリスさんにも応援して貰ったんだから!

 大きく深呼吸をして、一歩を踏み出す。歩き始めればすぐに、人混みの中に若草色のバンダナを巻いた頭が目に入った。


「サーク!」


 大声で名前を呼んで、側に駆け寄る。するとこっちを見たサークの目が、驚愕に大きく見開かれるのが解った。


「お待たせ、サーク。待った?」

「……なっ……」


 口をパクパクさせながら、サークが視線を忙しなく上下させる。……う、そんなに似合わなかったかなあ……?


「……サーク?」

「……あ……」


 不安になって上目使いに見上げると、漸くサークが声を発した。もっと良く聞こうと更に近付くと……。


「足! 出しすぎだろ!」

「へ?」


 そう言って、サークはバッと顔を背けてしまった。白い肌が、耳まで赤く染まっているのが見える。

 私の今の格好――ベージュの肩出しニットシャツの下にタンクトップ状の赤いインナー、そして下は――デニムのショートパンツ。

 確かにいつもの黒ローブとその下に穿いてる丈夫な素材の黒ズボンと比べたら足は見えてるけど……これなら動きやすいし、スカートみたいに下着が見える心配がないからいいと思ったんだけどなあ。


「お前そんな服持ってなかっただろ。どうしたんだよ」

「ドリスさんが買ってくれたの。からかったお詫びだって」

「そのドリスは」

「えっと……食事代とお店の場所のメモだけ渡して帰っちゃった」

「……あんのアマ……!」


 そっぽを向いた状態のまま、ギリギリと歯軋りをし出すサーク。ま、まさかこんなに怒るなんて……。


「……帰るぞ」

「え?」


 私に背を向け歩き出そうとするサークに、私の反応が一瞬遅れる。帰る……って……デートはなしって事?


「ち、ちょっと待って! 何で!?」

「呼び出した当人がいねえんだから意味ねえだろ。金は明日丸ごと返せばいい」


 スタスタと早足で歩きながら、つっけんどんにサークが言う。もしかしたら、騙されたって思ってるのかもしれない。

 でも……それでも私は、このチャンスを諦めたくない!


「待って!」


 すがり付くようにして、サークの腕に飛び付く。サークの足がピタリと止まり、驚いたように私を見る。


「私……もう少しこのままサークといたい。駄目……?」

「……っ」


 願いを込めてサークを見つめると、サークはまたそっぽを向いてしまった。やっぱり駄目なのかと落ち込んでいると、ポツリとサークが呟いた。


「……貸せ」

「え?」


 あんまりにも小声だったからよく聞き取れなくて、私はサークにもっと体を寄せる。するとサークは、今度は叫ぶように言った。


「メモだよ! 見なきゃ店がどこか解んねえだろうが!」

「……! それじゃあ……!」

「付き合ってやるよ。但し! 今日だけだからな!」


 そう言ったサークに、私は嬉しくて思い切り抱き着いてしまった。密着した体が、微かに硬直するのが解る。


「お、おい、くっつくな!」

「嬉しい! ありがとう、サーク!」

「ああああもう解ったからいつまでもガキの気でいるんじゃねえ!」


 サークにはそう怒られたけど、やっぱり嬉しい。これでサークと堂々とデート出来る!

 えへへ……今日は最高の一日になりそう!

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