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第23話 アルラウネの接吻

「……あーあ。今度こそホントにやられちゃった。やるネェ、アンタ達」


 全身を炎に包まれ今度こそ動かなくなったマクガナルを見ながら、女の子がつまらなそうに言った。私は女の子に向き直り、再び構えを取る。


「あなたが何者か知らないけど、こんな酷い事……許せない!」

「別にアンタ達に許されなくてもいいし? ……けど面白いモノを見せて貰ったお礼はしちゃおっかナァ♪」


 そう言うと、女の子はフードを外套ごと取り去った。露になった女の子の姿に、私は思わず目を見開く。

 女の子は、その場にはまるでそぐわない黒とピンクと基調としたフリフリのミニスカートのワンピースを着ていた。ゴシックロリータって言うんだっけ? 大きな街に行くと、女の子がよく着ている流行りの奴だ。

 つり目気味の目の色は綺麗な空色。細めの瞳孔が、どことなく猫を思わせる。

 そして、ツインテールの先が縦ロールになっているその髪の色は――桃色。有り得ない。そんな髪の色、見た事がない。


「『アルラウネの接吻(レディプラント・キス)』」

「!?」


 女の子が手をかざしそう言うと、女の子の掌から毒々しい色の茨が伸びる。それは高速で、私へと向かって伸びてきた。


「クーナ!」


 それがもう少しで私の元へ届くかという時、サークが私の前に立ち代わりに茨に貫かれた。サークの胸から噴き出す血に、私は思わず悲鳴を上げてしまう。


「サークっ!」

「ぐっ……!」

「アレェ? まあ、ドッチでもいっかぁ。ビビアンが欲しいのはドッチもだしネ」


 そう言うと、女の子はスルスルと茨を体内に収納させる。それを見届けるまでもなく、私は女の子に向かって駆け出していた。


「よくもサークを!」

「キャッ、コッワーイ!」


 私は女の子に拳を突き出すけど、女の子がまた消えた事によって拳は空を切る。即座に辺りを見回すと、私達から遠く離れた所に女の子は立っていた。


「この瞬間移動もラクじゃないんだけど! 安心してイイよぉ、ソレ(・・)、タダのマーキングだからさ♪」


 言われてサークを振り返る。するとサークには傷一つなく、代わりに左の鎖骨の下辺りにハートの形をした赤黒い紋様が浮き出ていた。


「これは……!?」

「そのシルシがある限り、ビビアン達からは逃げられないよ。今回は退いてアゲルけど、今度会った時はアンタ達二人ともモノにするから♪」

「何の話……」

「キャハハハハッ、それじゃまったネ~!」


 戸惑う私達を残し、女の子は消えてしまった。残されたのは私とサーク、ドリスさん、そして倒れたままのフードの連中。


「……サーク、それ本当に大丈夫なの?」


 不安になって、私はサークに聞く。サークは紋様のある場所に触れ、腑に落ちない顔をしながらも頷いた。


「ああ。もう痛みも何もない。あんな魔法が使えるなんて、まさかあいつらは……」

「……ハハッ。ざまあないね。アタシとした事が」


 その時ドリスさんが、ゆっくりと顔を上げるのが見えた。私は急いで、ドリスさんの元へ駆け寄る。


「ドリスさん、大丈夫ですか!?」

「命に別状はないが……多分アバラを何本かやられた。ちいと自力じゃ起き上がれそうにないね」

「なら、私が背負っていきます! この中では私が一番軽傷だから……」

「……いいのかい、嬢ちゃん? アタシは、アンタの相棒を奪おうとした女だよ」


 皮肉げな笑みを浮かべて呟いたドリスさんに、私は悟る。あの時ドリスさんは、私が見ている事を知っていて見せつける為にあんな行動を取ったんだ。

 その事に、腹が立たない訳じゃない。でも……。


「……確かに、私はまだまだ未熟です。サークの足を引っ張るような事も、まだまだあるかもしれません」


 ドリスさんに向けて、正直な想いを告げる。目を逸らさず、真っ直ぐにその目を見て。


「でも私は、サークの隣に立つ事を諦めない。今はまだ力が足りなくても、きっともっと強くなってみせる」


 そして私は――目一杯力強く、笑う。


「例え誰であろうと……サークの隣は絶対に譲りません!」

「……」


 ドリスさんの目が、私の目を見返す。その目が――不意に、弧に歪んだ。


「……アッハッハッハッハ! あーっ、やっぱり若い子はいいねえ! 可愛いねえ!」

「……え?」


 大笑いが折れたアバラに響いたのか、直後に顔を歪めて胸を押さえたドリスさんに思わずポカンとなる。私のそんな様子を察してか、ドリスさんは少し決まりが悪そうな顔で言った。


「アタシはアンタみたいな可愛い若い子が大好きでね、ついついこうしてちょっかいをかけちまうのさ。今回もアンタがあんまり可愛い反応するもんだから、つい調子に乗りすぎちまった」

「で、でもだって、キスっ」

「あー……アレね。……嬢ちゃん、覚えとくといいよ」


 混乱する私の頭を、ドリスさんがグッと抱き寄せる。そして私と額を合わせながら、どこか悲しげな顔になった。


「悪い大人って奴はね……惚れた相手とじゃなくてもキスや、それ以上が出来ちまうのさ」

「そんな……」

「アンタは、こんな大人になるんじゃないよ。自分の気持ちを大事にしな」


 そう言うと、ドリスさんは私を解放した。私はそんなドリスさんに、何て声をかけていいのか解らなかった。


「……つーか、お前馬鹿だろ」

「!?」


 その声に振り返ると、いつの間にか後ろにサークが立っていた。床に叩き付けられた際に肩が外れでもしたのか、右腕がダラリと垂れ下がっているのに今気付く。


「サ、サーク……」

「何、あの程度で俺がお前を見限るとでも思ったの? 二年間もずっと一緒にいた相手を今更?」


 言われてしまえばごもっともな指摘に、私は何も言い返す事が出来ない。思わず俯く私に、サークは無事な方の手をソッと伸ばした。


「……お前は、俺が認めて側に置いてんだ。何言われようと堂々と、俺の隣にいりゃいいんだよ」

「――っ!」


 頭を軽く叩かれながら言われたストレートな言葉に、耳まで熱くなっていくのが解る。そ、そういう意味じゃないのは解ってるけど、その言い方じゃまるで私達が恋人同士みたいじゃない!


「サッ……サークは乙女の扱いが解ってなさすぎー!」

「わっ!? 励ましてやってんのに何キレてんだよ!?」

「そーゆーとこー!」


 照れ隠しにサークをポカポカと殴り始めた私を、ドリスさんが可笑しそうに見つめていた。

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