第22話 信じ合うという事
ソレは、まさしく異形と呼んで良かった。
不自然に膨張し膨れ上がった筋肉、その下に植物の根のように浮き上がる血管。
肌の色は赤銅色に変わり、耳まで裂けた口からは不揃いの牙が覗き、絶え間なく涎を垂らす。そして大きく見開かれた、黒目を失った真っ白な目が私達を見た。
「キャハハッ、なかなかオトコマエになったじゃん? それじゃー新生マクガナルクン、あいつらをやっつけちゃえ!」
「ヴァアアアアアッ!!」
「……フン、見た目がどう変わろうと所詮はアタシより弱いあのマクガナルだろ! なら負ける気はしないね!」
流石プロといったところだろう、いち早く我に返ったドリスさんがダガーを構えてマクガナルに向かっていく。それを見たサークが、慌てたように言った。
「甘く見るな、ドリス! そいつは……!」
「ヴァアアッ!」
ドリスさんを迎え撃つように、マクガナルが動く。そのスピードは、普通の人間とは比べものにならないほどの早さだった。
「なっ……!」
予想もしなかっただろうスピードに、ドリスさんの反応が一瞬遅れた。その隙を見逃さず、マクガナルの拳がドリスさんの腹を打ち抜いた。
「ぐふっ……!」
「ドリスさん!」
ドリスさんの体が軽々と飛び、遠くの壁へと叩き付けられる。ズルズルと床に崩れ落ちたドリスさんは、そのままピクリとも動かなくなった。
「嘘……ドリスさんが一撃で……!」
「あのスピード、あの力……やっぱり野郎、悪魔化してやがる……!」
「悪魔って……ひいおじいちゃま達が戦ったっていう、あの!?」
サークの言葉に、私は昔サークがしてくれた話を思い出していた。悪魔。それは何らかの形でその身に混沌を宿した者が変ずる、人であって人でないもの。
人を悪魔にする為の技術は、遠い遠い昔に失われたって聞いた……。あいつらは、それを蘇らせたっていうの!?
「そうだ……あの女がマクガナルって野郎に埋め込んだ立方体。どういう原理かは解らねえが、あれがあいつを悪魔に変えたんだ……!」
「ふぅん? コレ、悪魔っていうの? ニンゲンにアレ使うとそうなるんだあ!」
「ヴァアアアアアッ!」
マクガナルがまた一吠えし、こっちに標的を変える。私達は直ぐ様立ち上がり、左右に分かれて飛んだ。
振り下ろされたマクガナルの拳が床を穿ち、破片を巻き上げる。一撃でも喰らったら、きっとただじゃ済まない!
「こっちだ、筋肉ダルマ!」
着地と同時に曲刀を構えたサークが、挑発を口にしてマクガナルの注意を自分に向ける。もう正常な思考も失われているのか、マクガナルはアッサリそれに乗ってサークの方へと向かっていく。
「オラアッ!」
サークの曲刀とマクガナルの拳が、真っ向からぶつかり合う。それを見ているだけじゃいけないと、私は即座に左手をマクガナルに向ける。
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
込められるだけの魔力をありったけ込めて作り上げた火球を、マクガナルの背に放つ。相手が悪魔なら、生半可な攻撃は意味がない。昔サークはそう言っていた。
「ヴァアアッ!?」
見事背中に命中した火球に、マクガナルが動きを止める。そこにサークが、曲刀を一閃させた。
――ザシュッ!
マクガナルの右腕が、肘の辺りで切断されて飛んでいく。更に返す刃で、サークの曲刀がマクガナルを袈裟懸けに切り裂いた。
「……ヴァ……」
前のめりになり、マクガナルが倒れる。サークはそれを見届けると、未だ笑みを絶やさない女の子に刃を向けた。
「後はテメェだけだ。あの立方体は何なのか、あれを使って何をしようとしていたのか。全部吐いてもらうぞ」
「ヤダァ、か弱い女の子に武器を向けるなんてサイテーイ」
たった一人になったというのに、女の子の口元から笑みは消えない。そして女の子はおもむろに、倒れたマクガナルを指差した。
「それにぃ……ショーブはまだ着いてないかんネ~♪」
「!?」
その言葉と共に、マクガナルが身を起こし始める。それだけじゃない、腕の切断面が急速に盛り上がり、再び手を形作るのを私は見た。
「クソッ!」
サークが急いでもう一度曲刀を振り下ろすけど、マクガナルの再生した手が途中でそれを掴んで阻止する。そして――マクガナルの手の中で、曲刀はペキリと音を立ててへし折れた。
「しまっ……!」
「やらせない! 『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
そこに私が、もう一度強い火球を背中に当てる。マクガナルがそれに一瞬怯んだ隙に、サークはマクガナルの脇をすり抜けこっちに駆け寄ってきた。
「サーク、大丈夫!?」
「悪い、武器をやられた。徒手空拳であいつがどうにかなるとは思えねえし、これで俺に打つ手はなくなった」
「それって……」
「ああ。お前の『炎の拳』に賭けるしかねえ」
その言葉に、私は唾を飲み込む。ドリスさんも気を失ってる以上、確かにまともに戦えるのはもう私だけだ。私が、やるしかないんだ。
そう思った途端、一気に不安と緊張が押し寄せる。……私は、サークの足手纏いなのに……。
「……大丈夫だ、クーナ」
けど暗い感情に押し潰されそうになる私に、サークは笑って言った。その目にあるのは、強い信頼の光。
「お前なら出来る。リビングアーマーの時は経験不足からミスっちまったが、お前の本当の実力はあんなもんじゃねえ」
サークの一言一言が、胸に染み渡っていく。ずっと心を支配していたモヤモヤを、拭い去ってくれる。
「俺はお前を信じる。だからクーナ、お前も自分を信じろ」
「……!」
目を見開き、サークを見る。――そうだ。私は何をウジウジしていたんだろう。
自分が未熟な事なんて、とっくの昔に解ってる事だ。それでもサークと旅立つって決めたあの日、私は心に決めたんだ。頑張って自分を磨いて、絶対にこの人の隣に立つのに相応しい冒険者になるんだって。
ドリスさんにだって、誰にだって負けない。サークが私を信じてくれる限り、絶対に立ち止まったりなんかしないんだから!
「……やるよ、私。やってみせる!」
「よし。俺が何とか、あいつの隙を作る。だからお前は、あいつが動かなくなるまで『炎の拳』で燃やし尽くせ!」
「うん!」
私が頷くと、サークは再びマクガナルの方へと駆け出した。それに合わせ、私は両手に精神を集中させる。
「オヤオヤァ? ナニする気ぃ?」
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりてこの身に宿れ』!」
詠唱が終わると、私の両腕を今まで感じた事がない程の強い炎が包んだ。これなら――やれる!
いつでも拳を突き出せるように、身構えながらマクガナルの元へと向かう。マクガナルの攻撃を、サークは紙一重でかわし続けている。
ちらりとこっちを見たサークと、一瞬だけ目を合わせる。それだけで、私達には十分な合図になった。
「さて、そろそろ仕上げといかせて貰うぜ!」
そう言うと、サークが今かわしたばかりのマクガナルの腕に組み付く。そのまま全身で関節を締め上げれば、苦しいのかマクガナルの口から悲鳴が上がった。
「ヴァアアアアアッ!」
「今だ、クーナ!」
「うん!」
サークを振り払おうと腕を上下に振るマクガナルの、懐に私は入り込む。その直後、移動する腕のスピードに耐え切れなくなったのか、振りほどかれたサークの体が背中から床に叩き付けられた。
けどコープスと戦った時のように、逆上したりはしない。サークが身を削って作ってくれたこのチャンス、絶対に無駄にはしない!
「ハアアアアアアアアアアッ!!」
全体重を乗せて、全力の拳をマクガナルの腹に叩き付ける。腕を包む炎が肉を通してマクガナルの体内に入り込み、その身を激しく焼いていく。
「ヴァアアアアアアアアアアッ!!」
「もう一発! 焼き尽くせ、ひっさあつ……『炎の二重撃』!!」
間髪入れず、私はもう片方の拳も同じ場所に叩き込む。右手と左手、両の炎が一つになり、マクガナルの全身を覆っていく。
「ヴァ……ア……ァ……」
そしてマクガナルは最期にか細い声を上げると、全身から炎を吹き出し倒れたのだった。