幕間 その7
「アウローラも逝った、か……」
薄暗い古城の広間の中。竜頭の戦士グレンは一人、呟いた。
「これで、昔からおる『四皇』は我一人となったか。……皮肉なものよ。自ら座を降りたビビアンを除けば、栄光ある『四皇』の名を背負うのは最早、この老いぼれのみとなった」
どこか遠い目をし、グレンは言う。その目はこの場ではなく、在りし日の同志達の姿を見ているようであった。
異形の老戦士は、今でも鮮明に思い出す事が出来る。自分達亜人の命運を賭けた、かつての大きな戦の事を。
かつてかの世界には、二柱の神が在った。一柱は自分達を守護するヴァレンティヌス。そしてもう一柱は、純粋な人間達を守護するラウザールという神。
二柱の神は始めは互いに協力し合い、共に世界を統治していた。だがやがてラウザールの中に、自らが守護する人間こそが世界を治めるべきであるという野心が生まれた。
ラウザールは人間達を扇動し、自分達亜人を迫害させた。それだけに飽き足らず、やがて、全ての亜人達を滅亡させるべく戦争まで引き起こした。
自分達はヴァレンティヌスの庇護の元、徹底的に抗戦した。始めは数の多い人間側が優勢だったが、長く戦が続くと、徐々に元々の身体能力の高い亜人側が有利になり始めた。
業を煮やしたラウザールは遂に、自ら亜人達を滅ぼさんと出陣した。これにはヴァレンティヌスも黙っていられず、同じく地上に降臨しそれを迎え撃った。
『四皇』が結成されたのもその頃だ。選ばれた四人の精鋭達はヴァレンティヌスと並び立ち、共にラウザールの率いる軍勢と激しい戦いを繰り広げた。
そうして最後は、ヴァレンティヌスがラウザールを討ち。およそ十年にも渡る長き戦いは、亜人側の勝利で決着したのだった。
——だが。ようやく訪れた戦いの終わりは、同時に、終わりの始まりでもあったのだ。
元々世界は、ヴァレンティヌスとラウザールがそれぞれバランスを保つ形で成り立ってきた。そのバランスが長き戦争により大幅に崩れ、その上、残されたヴァレンティヌス一柱ではそれを回復させる事は叶わなかった。
戦いにこそ勝利したものの、最早世界の滅亡は、避けられないものとなっていたのだ。
「……皮肉なものよ。生きる為に虐殺に抗った我らが、今度は自らが虐殺者側にならねば生きていけぬとは」
自嘲気味に、グレンは苦笑した。かつて侵略に抗った身として、今の状況に全く葛藤がない訳ではない。
それでも決して手を緩めないのは、一番辛いのは、この侵略を決断したヴァレンティヌス自身だと解っているからだ。自らの世界を守れなかったばかりか、残った民を救う為には、別の世界にとっての悪となるしかなくなってしまった自らの神だと。
ヴァレンティヌスが本当は慈悲深き神である事は、長年彼の騎士として仕えてきたグレンが一番良く知っている。その神が言ったのだ。生き残る為、一切の手段を選ぶなと。
洗脳も虐殺も、何も咎める事はしない。ただ、己の明日の事のみを考えよと。
だからグレン達はそうする。心を殺し、別世界にとっての悪となる。
もっとも中にはビビアンやバルザックのように、元より人間を殺す事に躊躇のない者も少なくはないが……。
「……しかしビビアンは何故、あの者に『四皇』の座を譲り渡したのだ」
不意にグレンの脳裏に、その疑問が蘇る。それはビビアンがノアを自分の代わりに『四皇』に就けると宣言した時に、最初に抱いた疑問だった。
ビビアンが元々『四皇』の座に興味がない事は知っていた。彼女が『四皇』の座に就いたのは大巫女である彼女の母の意思であり、バルザックやアウローラのように、自ら望んで『四皇となった訳ではなかった。
だが、まさか他人に『四皇』の座を譲り渡すとは思わなかった。
利用価値のある男だ、とビビアンは言った。妙な気を起こさないよう、自分が監視するとも。
だがそれでも、グレンの胸からは不信が拭えない。何故ならば——。
「ノア……あの人間風情が。ビビアンは当てにはならぬ。バルザックもアウローラも逝った今、我が『四皇』の誇りを守らねば……」
その呟きは闇に溶け、誰にも聞かれる事はなかった。




