第165話 『神の器(クリスタ)』の条件
「ハアッ、ハアッ……」
肩で息をする。全力に全力を出し切った体は、ただ立っているだけでも強い苦しみを覚える。
それでも、膝を折ったりしないのは——唯一凍結を免れた頭の、こっちを見つめる金色の瞳が、まだ光を宿しているからだった。
『……相手が確実に死んだと解るまで、油断はしない。先程で学んだようね、愚かでない者は好きよ』
そんな私を見返して。蛇と化したままのアウローラの頭が、口の端を吊り上げた。
『でも安心なさいな。流石にあと少しで死ぬわ。いくらあなた達より、ずうっと頑丈な身でもね』
「……どうしてあなた達はそこまでして、この世界を……」
『あら、自分達の世界さえ無事なら、他の世界を侵略するのは構わないという事かしら?』
「そんな事は……!」
『冗談よ。そこまで無責任になれるなら、あなた達は今この場にいない。言ったでしょう、もうどうにもならなくなるまで、例えどれほどを犠牲にしようとも逃げ続ける選択肢もあると』
嘆息を交えながら。アウローラは、淡々と続ける。
『……もし自分の世界が滅びるのが避けられない事だとして、あなた達は、黙ってそれを受け入れるのかしら』
「……それ、は」
『私は受け入れられなかった。だからあなた達にとって、どれほどの巨悪となろうとも抗う。……それだけの事よ』
「でも……だったら、平和的に移住する事だって……!」
『無理よ』
私の反論を、けれどアウローラは、キッパリと否定した。
『私達、そういうのはね、散々やり尽くしたの。自分の世界でね。でもね、結局あなた達のような混ざり気のない人間は、自分と違う姿をした者を受け入れない。だから滅ぼしたわ、私達は。私達が平和に生きる為に、私達の世界にいた、あなた達のような普通の人間をね』
「……っ!」
『もし私達を説得出来るかも、なんて考えたなら、今すぐその甘い考えを捨てる事ね。私達は全てが滅び去るまで、決してこの世界を諦めない』
そう言われ、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。向こうには向こうの正義があり、けれどそれは決して私達とは混じり合わないのだと、強く突き付けられた気分だった。
『……けれど私を倒したご褒美に、一つ、いいニュースを教えてあげるわ』
するとアウローラが、笑むように目を細めてそう言った。
「いいニュース……?」
『あなたのお兄さん。どうやら、『神の器』には不適合だったみたい。こっちに必要なのは、あなた一人に絞られたという事』
「!!」
「何……!?」
その言葉に声を上げたのは、私ではなく兄様だった。……間違いなく同じ親から生まれた兄妹のはずなのに、『神の器』になり得るのは私だけ……?
「おい、どういう事だ、それは」
『知らないわ、そう判断したのは私ではないもの。それとも何かご不満かしら?』
「……っ」
疑問の声を上げたサークも、そう返されて押し黙る。兄様がこれ以上狙われないで済むのは良かった、けど……私と兄様で、何が違うというの……?
『……ああ、そろそろ本当に死ぬわね。あれだけの戦争を生き延びたのにこんな異境の地で死ぬなんて、我ながら呆気ないものね』
その声に我に返ると、言葉通り、アウローラの瞳の光はか細く、今にも消えそうになっていた。私は不思議とそんなアウローラから、目を離す事が出来なかった。
『私は女王。女王アウローラ。私という女がいた事を、精々記憶に焼き付けなさい。それが私の、最期の……誇り……』
その言葉を最後に。アウローラの瞳の光は消え失せ、もう二度と、動き出す事はなかった。




