第163話 死闘、アウローラ
「燃えなさい!」
アウローラの叫びと共に四方に火柱が噴き上がり、私達を取り囲むように接近してくる。まともに食らえば、きっと骨すら残らないだろう。
私はサッと、サークに視線を向ける。同じく私に視線を向けていたサークが、小さく頷いた。
「『巻き起これ零下の嵐、総ての刻を凍てつかせよ』!」
「風よ!」
私は冷気を、サークは風の精霊を相次いで出す。そして私の作った冷気を、サークの風が広範囲に拡げた。
「ふうん?」
アウローラの唇が、弧に歪む。二人で協力し合えば、少ない魔力で、強い炎にも対抗する事が出来る!
冷気の壁は火柱とぶつかり、それ以上の進行を阻む。けどそれだけだ。その勢いを掻き消すまでには至らない。
「まさか、これで終わりなんて言わないでしょう? 本当に焼き殺すわよ?」
それを見てアウローラは嘲るけど、もちろんこれで終わりじゃない。私達の反撃は、ここから始まる!
「兄様!」
「ああ!」
私の合図に、後方に控えていた兄様が火柱に向けて突進する。そう、私達は、この炎を弱めるだけでいい。
——この炎を突き破れさえすれば、それでいい。
「そのままこの炎に突っ込むなんて、狂ったの? ……いえ……!」
最初は訝しげにしていたアウローラだけど、すぐに表情を引き締める。どんな時でも油断をしないのは、さすが幹部クラスだと言わざるを得ない。
兄様はそれに構わず、炎に飛び込んでいく。——そして、そのまま高速で炎を突き抜けた。
「!!」
「押し通る!」
兄様が、手にした剣を振りかざす。アウローラはそれを見てすぐ、灼熱の髪を蠢かせた。
鋼の刃と、紅蓮の蛇が激突する。その瞬間、アウローラはにわかに顔色を変えた。
「っ、この力……!?」
「はっ!」
アウローラが剣を絡め取るよりも早く兄様が剣を引き、更に攻撃を仕掛ける。そのスピードは、普通の人間のものじゃなかった。
そう——身体能力増幅の魔道具は今、兄様が身に付けている。
カラクリはこうだ。まず兄様に魔道具を渡し、アウローラと対峙する前に発動させておく。
更にひいおじいちゃまの理論を利用して、弱い冷気を兄様の体に付加しておく。この仕込みがあって、兄様は多少の炎なら耐えられるようになったという訳だ。
今のところは、こちらの作戦は上手くいっているように思える。けれども。
「油断するなよ、クーナ」
私と同じ事を考えているのだろう、アウローラから視線を外さずにサークが言う。
「この程度で獲れるような奴が、『四皇』なんてご大層な肩書き、名乗れる訳もねえからな……!」
「っ、舐めた真似をしてくれるわね!」
一時は兄様に押されていたアウローラだったけど、そう言って兄様を睨み付けると同時、全身から炎を噴き出す。兄様に纏わせてた冷気でそれを防ぐ事は叶わず、すんでの所で兄様は剣を引くと、アウローラから距離を取った。
「逃がさないわよ!」
けれどアウローラはそれを追うように、すぐさま兄様の周囲を火柱で囲んだ。普通ならば、絶体絶命の状況だ。
「兄様!」
もちろん、それを黙って見ているなんて事はしない。状況を確認するより前に、私とサークはもう動き出していた。
「『氷雪よ、渦となりて吹き荒べ』!」
「風よ、俺を守れ!」
まず私が冷気の竜巻を起こし、炎の勢いを弱める。そこに風を纏ったサークが飛び込み、曲刀の一振りで炎を消し飛ばした。
「助かりました、伯父上」
「礼はいい。まだいけるか?」
「はい!」
見える肌のあちこちに軽い火傷を負いながらも、兄様は気丈にその場に立ち続ける。私もその横に並び、改めてアウローラを睨み付けた。
「纏まってくれるなら都合がいいわ!」
その言葉と同時、足元で急激に熱気が膨れ上がる。アウローラが一ヶ所に集まった私達を、纏めて焼こうとしているのだ。
けれど。
「『満ちよ、永遠の氷雪』!」
そこで私は、すかさず詠唱を開始する。だって私達は——この為に、ここに集ったのだから。
「何を……!」
「『我が腕に宿り、零下の絶獄に総てを堕とせ』!」
炎が噴き出す、そのタイミングを見計らい、手に纏わせた冷気を床に叩き付ける。直後、火柱の代わりに氷柱が突き出し、私達の体を高く持ち上げた。
「っ!?」
「はあああああっ!!」
その勢いに乗り、氷柱が砕け散る寸前にサークと兄様が跳躍。落下スピードに合わせて、驚きに一瞬の隙を見せたアウローラへと武器を振るう。
「獲った!」
一閃、二閃。二筋の閃光は、確かにアウローラを捉えた。
「——」
声を出す間もなく、アウローラの首が宙を舞った。同時に細い胴も両断され、支えを失った上半身が床に落下していく。
「やった……!」
兄様の声が、微かに弾む。私も、完璧に決まったと思った。
「馬鹿野郎、まだだ!」
けれどその時、サークの叱責が飛ぶ。その声に、私は慌てて周囲を見回す。
——ゴウッ!
突然、火炎の嵐がこっちに向かってきた。完全に虚を突かれた私の反応が、一瞬遅れる。
「クーナ!」
真っ先に反応したのはやっぱりと言うか、サークだった。サークは素早く私に駆け寄ると床に押し倒し、私を庇うように抱き締めた。
「……っ!」
サークの体越しに、激しい炎が通り抜けていく。それと同時に、サークの顔が苦痛に歪んだ。
「ぐ……っ!」
「サーク!」
「やるわねえ。『神の器』の騎士を名乗るならそれくらいでなくちゃ」
声がした。死んだはずのアウローラの声。
サークの体をずらし、身を起こす。するとそこには、髪を支えに立つアウローラの生首があった。
「なっ……!」
「私の仮の体を破壊したのは褒めてあげる。でも残念。あの最高のチャンスで、あなた達は私の本体を仕留められなかった」
「首だけで生きている……馬鹿な!」
目の前の異様な光景に、私も兄様も驚きを隠せない。異界の人間が普通の生き物じゃないのは解ってたつもりだったけど、まさか首だけになっても死なないなんて……!」
「いいわよ。ここまで私を追い詰めた褒美に、私の本当の姿を見せてあげる。でも……」
そう言うと、アウローラの頭がパクリと裂ける。そして中から、あの小さな頭から出てきたとは思えない、巨大な蛇の頭が顔を出した。
蛇の頭が二つ、三つ、次々と中から湧き出てくる。そして気が付けば、そこには十本の頭を持った巨大な蛇の化け物の姿があった。
「……な……っ」
『この姿の私は加減が出来ないから……本当に殺してしまったらごめんなさいね……!』
アウローラ——いや、蛇の化け物は、そう言うと空気が震えるほどの咆哮を上げた。