第162話 かすかな戸惑い
古城のある城塞都市は観光地ではあるけれど、人が住んでいる訳ではない。
ここを攻め滅ぼした当初、エンデュミオン王はここから一般人を追い出し、兵士達を住まわせた。城塞都市を、そのまま砦として利用したのだ。
けれどそれからまもなく、軍部は大幅縮小。この都市もまた、放棄される事になった。
その後グランドラは共和制となり、城塞都市は、滅びた国の歴史を語る観光名所となったのである。
「……やっぱり、誰もいない」
城塞都市に入り、私は思わず呟いた。
人が住んでいなくても観光地である以上、普段なら誰かしら人はいる。巡回の衛兵だって常駐してる。
けれど今、この場所に人の気配は全くない。日中であるにもかかわらず、だ。
「ここまで人払いが徹底しているとなると、やはり今回は、一般の人間を巻き込むつもりはないようですね」
「予測通りだ。……それだけ激しい戦いになるぞ。覚悟しろよ」
サークの言葉に、私も兄様もうなずく。……この戦い、絶対に負けられない!
馬を更に走らせ、古城へ。耳に響くのは、蹄の音と風を切る音だけ。
戦いに向け、精神を研ぎ澄ませる。いつでも来なさい、アウローラ!
そして私達は、古城の玉座までやってきた。
広く、がらんとした場所だった。きっとかつては王様と、たくさんの兵士がいたんだろう。
今は——。
「——やっぱり、逃げずに来たわね」
アウローラは、私達が目指してきたその人は、玉座で優雅に足を組みながら言った。
「やっぱり、ってのは?」
「本当に世界の滅びを遅らせたいのなら、私の誘いに乗るべきではない。世界にいかなる犠牲が出ようと、器に成り得る者達だけは隠し通すのが得策……そう考えた事が、本当に一度でもなかったかしら?」
「それは……でも!」
「そう、あなた達はここに来た。そして私は、それを確信していた」
そう言うとアウローラは、舐めるように私達を見回す。けれどその視線に、不思議と悪意や敵意は感じなかった。
「それは何故だ?」
「これまでのあなた達を見てきたから。あなた達は結果はどうあれ、目の前にいる人々を決して見捨てようとはしなかった。そんなあなた達なら、他の誰かに危険が及んだりしないよう、私の誘いに乗ると思ったのよ」
「そいつは随分と買い被られたものだ。本気で俺達が逃げる事はしないと?」
「……あるいは、そう思いたかったのかもしれないわね。知っての通り、私達は目的達成の為ならいかなる手段を取る事も辞さない。そんな私達を、あなた達なら、必ず止めようとすると」
……変な感じがした。相手は、私達の世界を滅ぼそうとしているのに。その為にいっぱい、ひどい事だってしてきたのに。
その相手が、邪魔な存在であるはずの私達を好意的に見ている気がする、なんて。
「さあ、ムダなおしゃべりはここまでよ」
組んだ足を直し、アウローラが立ち上がる。その深緑の髪が、見る間に真紅に染まっていく。
「今度は最初から全力よ。もしかしたら、うっかり殺してしまうかもしれないわね?」
「やれるものならやってみなさい! 私達の、一ヶ月の特訓の成果を見せてあげる!」
「ふふ、その意気よ。でなければ——ここまでお膳立てした意味がない」
アウローラが、深い笑みを浮かべる。その瞬間、辺りの冷えた空気が一気に灼熱へと変化した。
「私達は、あなたに勝つ。この世界は、絶対に滅ぼさせない!」
そう、目の前のアウローラにハッキリと宣言し。私達は、戦いの構えを取った。