第160話 アウローラからの挑戦状
それからはアウスバッハ邸に留まり、兄様と一緒に修行に明け暮れた。
ひいおじいちゃまの理論を実践するのは、とても大変だった。最初のうちは何度もやけどを負い、その度に治療を受けた。
けれども何度も試行錯誤を繰り返すうち、だんだんと魔力のバランスが掴めるようになってきた。それは私が『炎の拳』で、魔力を物にまとわせる事に慣れていたからなのかもしれない。
そうして修行を始めて二十日経った頃には、全く火傷をする事なく、直接体に魔力をまとわせる事が可能になっていたのだった。
「ハアッ!」
炎をまとわせた右拳を、真っ直ぐサークに向けて突き出す。それに対しサークは、精霊に命じて土の壁を生み出す。
真っ向から衝突する、拳と壁。拳に宿った炎が、壁を焼こうと暴れ出す。
「もう一発!」
私はそこに追撃をかけるべく、すかさず左拳を構える。剥き出しの左拳には、渦巻く氷が宿っていた。
「砕けろっ!」
振り抜いた左拳が、土壁を真っ向から穿つ。急激な温度変化に耐え切れず、土壁は脆くも崩れ去った。
「!!」
そこで私はチリリとした殺気を感じ、考えるより早く後ろに飛び退く。すると先程まで私の首があった場所を、崩れた土壁の向こうから現れた曲刀の刃が高速で通り抜けていった。
「いい反応だ!」
「伊達にサークに鍛えられてないからね!」
私の反応に、サークがうれしそうな笑みを浮かべる。サークの期待に応えられる力を身に付けられている事に、私もまたうれしくなった。
「なら、コイツはどうだ!?」
そう言うと、サークが精霊を入れ替える。すると大きな火の玉が、こっちに向かって飛んできた。
「何の! 『爆炎よ、その身を清き風に変えよ』!」
詠唱と共に、頭の中でイメージを再構築する。すると右拳を包んでいた炎が、激しい風へと姿を変えた。
「いっけえっ!」
空を裂いた右拳から、解放された風が火の玉に向かっていく。それは火の玉を相殺はしなかったけど、確実に勢いを弱めた。
「これならっ!」
それを確認してすぐ、私は火の玉に向かって駆け出す。そして左拳の冷気で、火の玉を打ち消した。
と、そこで。
「はい、ここまで」
その言葉と共に、背中に突き付けられる固く鋭いもの。反射的に振り返ると、そこにはいつの間にか背後に回り込んだサークがいた。
「うっ……」
「魔法攻撃に気を取られ過ぎたな。一回死亡、だ」
そう言うとサークは曲刀を引き、トン、と肩に乗せた。うう、確かに新しい戦法を完全にモノにする事しか考えてなかった……。
「……何度見てもヒヤヒヤさせられますね、伯父上の手合わせは」
勝負が着いたのを確認すると、脇で見ていた兄様が長々と溜息を吐いた。その眉間には、小さなシワが寄っている。
「毎日こんな稽古をつけられれば、クーナが強くなる訳だ。ここで暮らしていた頃は、剣の一つもにぎった事のない娘だったと言うのに」
「私、今でも剣は振れないよ?」
「そういう話をしてるんじゃない」
私の反論に、兄様はまた一つ溜息を吐いて首を振った。そんな私達を見ながら、サークは小さな苦笑を浮かべる。
「すまないな。だが冒険者ってのは、常に危険と隣り合わせだ。大事な預かりものだからこそ、手を抜く訳にはいかなかった」
「それは理解していますし、感謝もしていますが……兄として、どうしても心配してしまうこちらの思いも察して下さい」
そう兄様が言うと、サークはまた苦笑した。もう、兄様ってば心配性なんだから……。
「けど、クーナも大分クラウスの技術を使いこなせるようになったな。やっぱりお前には、才能があるよ」
「そ、そうかな?」
「ああ。話を聞かされた時は正直半信半疑だったが、お前はこの一ヶ月で見事に実用可能にしてみせた。……もしかしたら、自分の意思を継ぐ存在としてクラウスが遣わせてくれた存在なのかもな、お前は」
珍しくストレートな褒め言葉に、思わず頬が熱くなる。うぅ、褒めて欲しいのに、いざ褒められると恥ずかしくなっちゃう……。
「……それはそうと、そろそろあちらが行動を起こす頃でしょうか。あの、アウローラとかいう女が」
不意に兄様が、真剣な顔で言う。それを聞いて、浮つきかけた気持ちはすぐに冷めた。
「ああ。必ず向こうは行動を起こす。異神の降臨は、奴らの目的に最も近付く事の出来る手段だからな」
「一体、どのような形で行動を起こすのでしょうか。まさかまた、罪なき人々が犠牲に……」
「レオノ様、クーナ様、サーク様!」
サークと兄様が、そう話し始めた時だった。使用人の一人が、私達のいる中庭にやってきたのは。
「どうした?」
「は、はい、皆さま宛にこれが……」
兄様に答えた使用人が差し出したのは、三通の封筒。蛇の模様に縁を彩られたそれらは、緋色の蜜蝋で封がされている。
「……サーク」
自然と顔を見合わせる、私とサーク。間違いない、これは……アウローラからの挑戦状!
「ああ、準備をするぞ、クーナにレオノ。……世界の命運を賭けた戦いの始まりだ」
「うん!」
それぞれが自分宛の封筒を受け取り。私達は、大きくうなずき合った。