第158話 時を越えたおくりもの
二年ぶりの自分のベッドに、ゴロリと横になる。
私の部屋は二年前、私が家を出る前から何も変わっていなかった。それでも掃除だけは定期的にされてたみたいで、埃っぽさは全く感じられない。
クローゼットの服はどれも今の私には少し小さくて、今夜はひとまずお母様のお古を着る事になった。お母様は背が高めの人だから、私も大分背が伸びたけど、それでもちょっと袖が余ってしまった。
本当に、とんでもない帰郷になってしまった。
兄様と私、これからは二人、異神から身を守らないといけない。どちらか一人でも向こうの手に落ちれば、この世界に異神が降臨してしまう。
異神に対抗する手立ては現状、隣国レムリアにあるはずの神剣『神殺し』だけ。その『神殺し』も、限りなく神に近い血を持つ人間が振るうのでなければたちまち命を吸い取られてしまう。
『神殺し』を手に入れて、それを振るえる人を見つけてからでなければ。異神の降臨は、この世界の滅亡を意味する——。
「クーナ。……起きていますか?」
「!!」
その時ノックと共にそんな声がして、私は慌てて跳ね起きた。この声と口調……間違いない。ひいおばあちゃまだ。
「う、うん。何?」
「あなたに少し話があります。入れてもらえますか?」
「え? あ、うん!」
ベッドから降りて扉まで行き、鍵を開ける。それから扉を開くと、そこには何かの箱を両手に抱えたひいおばあちゃまが立っていた。
「お待たせ、ひいおばあちゃま! 座る場所ベッドでいいかな?」
「ええ、構いませんよ」
ひいおばあちゃまとベッドに二人、隣同士に座る。それが何だか、小さい頃みたいでうれしかった。
「それで、話って何?」
「ええ、そうですね……まずは確認を。……左の小手はどうしたのですか?」
けれどそう問われて、私はびくりと震えてしまう。だってバルザックとの戦いで壊れてしまったあの小手を、私に託してくれたのはひいおばあちゃまだ。
それなのに壊してしまったなんて言ったら、ひいおばあちゃまはどう思うだろう。大切な大切な、ひいおじいちゃまの形見だったのに……。
「……ごめんなさい。敵と戦って、壊しちゃったの」
それでもウソは良くないと、私は正直に打ち明けた。するとひいおばあちゃまはそっと瞳を閉じ、小さな声でこうつぶやいた。
「クラウス……あなたは一体、どこまで解っていたのですか……?」
「ひいおばあちゃま……?」
「クーナ、あなたに伝えていなかった事があります」
瞳を開けると、ひいおばあちゃまが言った。その表情は、いつにも増して真剣なものに見える。
「生前、クラウスは私にこう言いました。もしも自分の死後に子供が産まれ、その子が冒険者を志したのなら反対せずに送り出し、自分の小手を使わせてやって欲しいと」
「え……?」
驚きに、思わず目を見開く。ひいおじいちゃまは自分が死んだ後、私が産まれる事を知っていた?
それじゃあ……あの日私が出会った若い頃のひいおじいちゃまは、やっぱり本当にひいおじいちゃまだったの……?
「そして、もう一つ」
言って、ひいおばあちゃまが私に上半身ごと向き合う。そして、持っている箱を私に差し出した。
「もしもその子が、自分の小手を壊してしまったなら……今度はこの箱を渡して欲しいと。そう、言いました」
「……この箱を?」
「中身は、私も知りません。その時が来るまではけして開けないようにと、クラウスに強く頼まれましたから」
息を飲んで、箱を受け取る。何が入っているのか、中身は少しだけ重かった。
「まさか本当にこれを渡す日が来るなんて、思いもしませんでしたが。……今思うと、あの人は今起こっている全てを予測していたのかもしれませんね」
「ひいおばあちゃま……」
「中のものをどうするかは、あなたの自由です。ですがきっと、正しい事に使ってくれると……私もクラウスも、信じていますよ」
そう言って、ひいおばあちゃまは柔らかく微笑んだ。小さい頃から大好きだった、ひいおばあちゃまの笑顔。
その笑顔に、恥じない生き方をする為にも。
「うん、絶対に間違った使い方はしないって約束する。ありがとう、ひいおばあちゃま」
「それでは、今夜はゆっくりお休みなさい。明日から、修行の日々が始まるのですからね」
「うん!」
強い決意を胸に、私は、ひいおばあちゃまに強く笑い返した。