第157話 今出来る最善を
——こうしてグランドラから、異神の脅威はひとまず去った。
人々の洗脳は解け、お父様も救出された。軍はただちにアウスバッハ領から引き上げられ、グランドラはやっと、元の平穏を取り戻したのだ。
……けれど……。
「……」
「……」
帰ってきた、アウスバッハ領の自宅。事情の説明を終えた私達に返ったのは、家族みんなの重い沈黙だった。
「……そんな……レオノとクーナが……」
最初に口を開いたのはお父様。牢から助け出した時もやつれてたけど、今はそれ以上に憔悴しているように見える。
「……ああ……」
お母様は血の気のない真っ白な顔で、その場に崩れ落ちてしまった。元々あまり気丈とは言えないお母様には、耐えられないほどの衝撃だったんだろう。
「……」
兄様は無言のまま、深くうなだれている。責任感の強い兄様の事だ、アウスバッハが危機に陥った原因の一端が自分である事に負い目を感じているのかもしれない。
「……事情は、よく解りました」
そんな中、静かにそう告げたのはひいおばあちゃまだった。いつも通りの毅然とした態度は、不思議と見ていて安心感を感じる。
「ならば、やる事は決まっていますね。サーク、あなたにしばらくレオノとクーナを預けます。どうか存分に、鍛えてあげて下さい」
「お祖母様!?」
ひいおばあちゃまのその言葉に、金切り声を上げたのはお母様だった。お母様は髪が乱れるのも構わず、ぶんぶんと首を横に振る。
「何をおっしゃるんですか、お祖母様! レオノとクーナに、これ以上危険な目に遭えと言うのですか!?」
「そ、そうです、エル様。二人をどこかに隠しましょう、それがいい」
お父様もそう言うけど、ひいおばあちゃまが首を縦に振る事はない。……きっと、ひいおばあちゃまには解ってるんだ。
逃げ場なんて、どこにもない。私達が、世界が救われるには、何が何でもアウローラに勝たなきゃいけないって。
「……私は、伯父上と共に行きます」
「レオノ!?」
その時、ずっとうつむいていた兄様が顔を上げ、言った。その目には、強い決意の光が宿っている。
「ああレオノ、何を言うの、あなた!」
「このまま何もせず過ごしても、状況は一向に改善しません。それにこれだけの重荷を、今までクーナ一人が背負い続けてきたのです。兄として、私は恥ずかしい」
「しかし、レオノ!」
「お止めなさい、ハリー、メニ」
兄様に言い募るお父様とお母様を止めたのは、ひいおばあちゃまの静かな一言だった。ひいおばあちゃまは私達を見回し、凛とした声で言う。
「この子達の決断を尊重しましょう。レオノとクーナはもう大人です。親に守られるばかりの子供ではないのです。自ら困難に立ち向かうと決めたこの子達を、家族である私達が信じてやらなくてどうするのです」
「……」
「レオノ、クーナ。世界の命運は、あなた達二人にかかっています。サーク、どうか今まで通り、この子達を導いてやって下さい」
「……ああ。クーナもレオノも、必ず俺が死なせない。死んだクラウスに誓ってな」
ひいおばあちゃまの言葉に、深く頷いたサークを見て。お父様もお母様も、とうとう観念したらしかった。
「……サークさん。レオノとクーナをお任せします……」
「ああ、任せろ」
「お父様、お母様、それからひいおばあちゃま。私達、必ず無事に返ってくるから!」
「ええ、クーナ、信じていますよ」
私の宣言に、ひいおばあちゃまは、優しく微笑み頷いてくれた。