第156話 告げられたタイムリミット
熱気が部屋に満ちる中、私達はアウローラと対峙する。私の生み出した冷気は、この熱気に完全に飲まれてしまっていた。
「さあて、どうかしら? この熱気を冷ますほどの冷気、あなた達に生めるのかしら?」
そう挑発的に嗤うアウローラに、私達はすぐには言葉を返せない。私の全力でいけば拮抗はさせられるかもしれない……けど、それだと私は冷気を出す以外の何も出来なくなるし、ずっと全力を出していつまで保つかも解らない。
何より、この熱気がアウローラの全力だとも思えなかった。
「……風よ!」
先に動いたのはサークだった。風の精霊を呼び、その場に暴風を巻き起こす。
「行け、クーナ!」
「……!」
サークの声に、ハッとなる。なら……アウローラの体に、直接冷気を叩き込めばいい!
「『満ちよ永遠の氷雪、我が腕に宿り、零下の絶獄に総てを堕とせ』!」
右手に凝縮した冷気をまとわせ、アウローラに向かって駆ける。アウローラ自身は上手く身動きが取れないようだったけど、彼女の髪の蛇は暴風を物ともせずに激しくうねった。
「今度はあなたが相手? 楽しませてちょうだいな?」
「『限界開放』っ!」
魔道具を利用し、一気に距離を詰める。それに対し、髪の蛇は体よりも大きな炎を吐いた。
「何の!」
けれど私を守るように吹いた暴風が、その炎を散らしていく。残った炎を右手の冷気で消し飛ばして、私はアウローラに大きく一歩を踏み込んだ。
「新必殺! 『氷の拳』!」
氷に覆われた私の右手が、アウローラの腹部を穿つ。瞬間、私はありったけの冷気をアウローラの体内に叩き込む。
アウローラの体が、大きくビクンと震える。お願い、これで終わって……!
けれど。
「——ぬるいわね」
突如、アウローラの目がカッと見開かれた。と同時に、アウローラを中心に大きな爆発が巻き起こる。
「キャアッ……!」
「クーナ!」
肌を焼かれる痛みを感じる間もなく、宙に投げ出される体。それを壁にぶつかる寸前で受け止めてくれたのは、サークの力強い腕だった。
「ふぎゅ! あ、ありがと、サーク……」
「礼はいい。しかしまずいな……奴の能力は、俺達とは相性が悪い」
私を抱えながら眉根を寄せるサークに、同意せざるを得ない。アウローラの能力のうち、蛇を操る方は、やり方次第でどうにか出来ると思う。
問題は炎を操る方だ。炎に耐性があるという事はつまり、私の得意とする炎の魔法が通用しないって事だ。
不慣れな氷の魔法じゃ、アウローラに致命的な打撃は与えられない。そうなれば、私は足手まといにしかならない——。
「フゥ……つまらないわね」
ところがアウローラはそう言うと、不意に熱気を収めた。髪の色は緑に戻り、目には失望の色が浮かんでいる。
「……何のつもりだ」
「バルザックを降したと言うから、期待していたのだけど。ちょっと本気を出しただけでこれじゃあ、拍子抜けもいいところだわ」
深く嘆息しながら言うアウローラに、怒りが込み上げる。この人達は——どこまでも、自分の都合しか考えていない!
「ふざけないで!」
「あら、私はいつでも大真面目よ。……そうね、猶予をあげましょう」
思わず声を上げた私に、返ったのは冷淡な宣言。
「一ヶ月あげるわ。その間に、極限まで自分を鍛えなさい。それで私を脅かせるほどに強くなれれば良し、でなければ……」
そこまで言って、アウローラは目を細めた。それはまさしく、獲物を狙う大蛇の目。
「——これ以上の成長の余地なしと見なし、すぐにでもヴァレンティヌス様に捧げさせてもらうわ」
「……!」
「この国からは、一旦手を引くわ。期限が来た事は、あなた達にも解りやすい形で教えてあげる。……それじゃあね。せいぜい励みなさい」
「待て!」
サークが声を上げるのも虚しく、アウローラは私達の前から姿を消した。後には私達と、倒れたままの兄様が残された。
部屋に残った熱気とは裏腹に、私達の心には、ひどく冷たい風が吹いていた——。