第155話 炎と蛇の女王
地下牢のすぐ側にあった奪われた荷物を取り返し、床を蹴る。私達の姿は光の精霊のおかげで、衛兵達には見えていない。
「でもサーク、あの蛇とか髪はどうやって攻略するの?」
走りながら、私はサークに問いかける。するとサークは、自信ありげにニヤリと笑った。
「策はある。ただこれには、お前に踏ん張ってもらわねえとならねえ」
「私?」
「そうだ。耳貸せ」
言って、サークが私に身を寄せ小声でしゃべる。その内容は、私を十分に納得させるものだった。
「解った。やってみる!」
「いい返事だ。期待してるぜ!」
私達はうなずき合い、そこからは走る事に集中する。そして間も無く、再び執務室へと辿り着いた。
念の為、中に人の気配があるか確認する。すると内容は聞き取れないまでも、何か話し声のようなものが聞こえた。
「……サーク」
「ああ。踏み込むぞ!」
サークが扉を蹴り開け、二人で中に躍り込む。眼前に映ったのは、対照的な二つの人影。
一人はアウローラ。腕を組み、目の前の人物を見下ろしている。
そしてそのアウローラの前に倒れ伏す、もう一人の人物は――。
「――兄様!」
そう、そこにいたのは紛れもなく兄様だった。兄様は気を失っているのか、私の呼びかけにもピクリとも動かない。
「あら、意外と早かったわね。まあ、もうこちらの用事は済んだけれど」
「兄様に何をしたの!」
「血をいくらかもらっただけよ。大事な『神の器』候補を、殺したりする訳ないでしょう?」
こっちを振り向き、事も無げにアウローラは言う。やっぱり、兄様にも『神の器』の資格があるかもしれないんだ……!
「悪いが、クーナもレオノもテメェらにゃ渡さねえ。異神は絶対に、この世界にゃ降臨させねえ!」
「出来るの? さっき、あれだけアッサリ捕まったクセに」
「出来るかどうかじゃねえ、やるんだよ!」
そう叫んで、サークが曲刀を手にアウローラを目指す。その動きに合わせて、私もまた右手を前にかざした。
「『巻き起これ零下の嵐、総ての刻を凍てつかせよ』!」
詠唱を終えると同時に、右手から放たれた冷気の渦が部屋全体を覆う。それと前後するように、サークの刃がアウローラを襲った。
「くっ……!」
するとアウローラはあの時のように髪を使わず、大きく後ろに飛んでそれをかわした。その様子に、私はサークの推測が当たっていた事を知る。
ビビアンが植物、バルザックが氷を操るように。おそらく、アウローラは蛇を操る。
もしもアウローラの操る蛇が、この世界の蛇と同じ性質なら――この寒さの中では、上手く身動きが取れないはず!
「なるほど……さすがに無策で再戦しに来た訳ではなかったようね?」
「当たり前だ。これでさっきのようにはいかないぜ!」
「そうね。さすがに甘く見すぎたわね」
サークの猛攻に押されながらも、アウローラは余裕の笑みを崩さない。それが私には、何だか不気味に思えた。
「だから……少し本性を見せてあげようかしら」
「!?」
瞬間、ぞわりと鳥肌が立った。サークも同じ感覚を覚えたのか、攻撃の手を止めアウローラから距離を取る。
直後。
――ゴウッ!
「……っ!」
私の生み出した冷気を塗り潰すかのような激しい熱波が、アウローラを中心に巻き起こった。もし間近で喰らっていれば、目が焼けていたかもしれない。
「改めて、名乗らせていただくわ。私は『四皇』が一人、アウローラ」
アウローラの髪の色が変わっていく。深緑色から、燃えるような緋色へと。
「そして偉大なる『火蛇族』の女王。炎と蛇を統べる王よ」
そうアウローラが名乗ると同時。緋色の髪が、無数の蛇のようにうごめいた。