第154話 もう一人の『神の器(クリスタ)』
装備と荷物を全部奪われ、縄でグルグル巻きに縛られて。私達は、官邸地下の牢屋に入れられた。
この官邸は、王政時代の貴族の屋敷がそのまま利用されている。だから、こんなものも存在するのだ。
「チッ……下手を打っちまった。早くここから脱出しねえと」
「うん、でも……向こうは何をするつもりなんだろう?」
「さあな。だがどうせ、ロクな事じゃあるまいよ」
「ああ……その声はクーナ? クーナなのか?」
サークと二人、どうするかを話し合っていると突然、別の声が間に割って入る。それは、私のとてもよく知る声だった。
「まさか……お父様!?」
「ああ、やっぱり……! 何て事だ、まさか、クーナまで捕まったなんて……!」
そう嘆き悲しむ声は私の父、ハリー・アウスバッハのものに他ならなかった。お父様も、ここに捕らえられていたんだ……!
「ハリー、俺だ、解るか?」
「サークさんですか? あなたまでこんな所に……」
「一体お前に何があった? 解る範囲でいいから教えてくれ」
サークの問いに、しばし、考えるような沈黙が下りる。やがてお父様が聞かせてくれたのは、こんな話だった。
グランドラ政府に呼び出されて。お父様は護衛と共に、このサルトルートの官邸までやって来た。
けれど通された応接室にいたのは見知らぬ女性。女性が赤い宝石のようなものを掲げると、突然護衛が魂が抜けたようになった。
『あら、入り婿だと聞いてたけど、あなたも抵抗出来るのね。まあ、手間は大して変わらないわ』
戸惑うお父様に女性はそう言って、護衛にお父様を捕らえるよう命じた。すると何故か護衛は女性に従い、お父様を捕らえた。
『あなたには、エサになってもらうわ。『神の器』候補達をおびき寄せる為の』
そしてそれきり、ずっとこの地下牢に閉じ込められていたのだという。
「一体何だって言うんだ。アウスバッハ領は、メニ達はどうなったんだ。しかもクーナまでこんな事に……」
話し終えると、お父様は憔悴したようにまた黙ってしまう。そんなお父様を慰めたい気持ちはあったけど……今の話、何だか違和感があった。
「ハリー、一つ確認させてくれ」
サークも、同じ事を思ったらしい。厳しい表情で、再度お父様に問いかける。
「な、何でしょう……?」
「『神の器』候補達……確かにそいつはそう言ったんだな?」
「は、はい、確かそんな事を……」
お父様の肯定に、サークは何度もその言葉を反芻し始める。……普通に考えれば、私とサークの事に違いないけど……。
でも、何でだろう。何だか、それだけじゃないような気がする。
私達は、重大な何かを見落としている。さっきからずっと、そんな気がしてならない。
「……そういう事か!」
「!?」
突然、サークが顔を歪めてそう叫ぶ。急な事に、私は思わずビクッとしてしまう。
「バカか、俺は! 何で今まで、こんな単純な事に気付かなかった!」
「サ、サーク……?」
「そうだ! 『神の器』になり得る可能性のある奴は二人いた!」
「え、え?」
「いるだろうが! お前と、全く同じ血を分けた奴が!」
「……!」
そこまで言われて、私もやっと気が付いた。そうだ。そうだったのだ。
何で気付かなかったんだろう。私以外にも、『神の器』は存在していたのだ。
――私の、兄様が。
アウローラは、私達だけを狙っていたんじゃない。兄様も同時に、おびき寄せる気でいたんだ……!
「……っ、サーク、兄様につけた精霊は!?」
「やられてる! 恐らくはもう……!」
「なら、早く助けに行かなくちゃ!」
「な……何だ? クーナ、お前達は一体何の話をしてるんだ……?」
お父様が困惑の声を上げる間にも、サークが風の精霊を呼んで風の刃で縄を切る。二人とも自由を取り戻すと、私はお父様に向けて叫んだ。
「ごめんなさい、今は時間がないの!必ず、後で助けに来るから! ……『限界解放』!」
唯一奪われなかった足輪の力で筋力を増幅し、牢の鍵を壊す。そして衛兵が駆け付けるより前に、外へと飛び出した。
「今の音は!? おい、クーナ!?」
お父様の声に、振り返る事なく。私達は再び、執務室目指して駆け出したのだった。