第153話 毒蛇の戯れ
「……ここだ」
サークと二人、執務室の前に立つ。辺りは静かで、何の物音もしない。
「何とかここまで順調に来れたね、サーク」
「ああ。だが……順調すぎる」
執務室の扉をにらみ付けるサークは、厳しい表情を崩さない。正直私も、言い様のない気味の悪さを感じていた。
総てがうまくいっているはずなのに、不安が拭えない。まるで、そうなるように誘導されているみたいに……。
「でも、ここまで来たらもう行くしかないよ」
「……そうだな。行くぞ」
それでも不安を振り切って私が言うと、サークもまた頷き返す。そして扉に手をかけ、一息に押し開けた。
「――あらあら、やっとご到着ね?」
聞こえたのは、そんな艶やかな声。私達は前方、首相の机の方を見据える。
そこにいたのは、真紅のカクテルドレスに身を包んだ妖艶な女性。その豊満なスタイルを強調するように体に絡み付く長い深緑色の髪は、まるで生き物のような錯覚を覚えさせる。
もちろん、首相じゃない。何よりこの髪の色、この世界の人間じゃない……!
「誰だ、テメェは」
「あら、人に名を尋ねる時はそちらから名乗るものじゃない? ……まあ、こちらはあなた達の事なんてとっくに存じているのだけど」
机に優雅に足を組み腰かけるその女性は、サークにすごまれても物ともしない。それどころか挑発するように、更に笑みを深める。
「それでは、名乗らせてもらいましょう。私の名はアウローラ。唯一神ヴァレンティヌス様に仕える『四皇』が一人」
「……!」
「ついでに、あなた達の行く先々にカオスキューブをばらまいた張本人……と言えばいいかしら?」
告げられた言葉に、一瞬、頭が真っ白になった。カオスキューブ……それはきっと、あの赤い立方体の事に違いない。
色んな所で悲劇を生んだ、あの立方体。あれをばらまいたのが……この人?
「――何の為に、そんな事をした」
そう口にした、サークの声に怒りがにじむ。私も、叫びだしたい気分でいっぱいだった。
みんなが、あれのせいで辛い目に遭った。私達も……。
そんな私達に。女性――アウローラは、事も無げに言った。
「そんなの、あなた達の為に決まってるでしょう?」
「……何?」
「事件が起これば、あなた達は必ず解決しようと動く。そしてそれは、あなた達の成長に繋がる」
「そんな……事の……為に?」
「『神の器』の力をより高める。その点で私達の利害は、一致していると思うけど?」
自然と、拳を握る手に力がこもった。望む訳がない。自分が強くなる為に他人が苦しんでいいなんて、そんなの、望む訳がない!
「……そうかよ」
その時、隣のサークが素早く動いた。一気にアウローラとの距離を詰めると、迷いなく曲刀の刃をその細い首に振り下ろす。
「あら、乱暴ね?」
「っ!?」
けどその刃は、途中で止まる。
見ればアウローラの髪が、ひとりでにサークの腕に巻き付いていた。たったそれだけなのに、サークの腕はそれ以上ピクリとも動かない。
「ぐっ……!」
「サーク!」
「はいはい、あなたも動かないの」
私は急いでサークの元へ駆け付けようとするけど、寸前で何かに足を取られて転びそうになる。視線を足元に向けると、どこから現れたのか、私の足に大量の蛇が絡み付いていた。
「なっ……何これ!?」
「さてあなた達には、しばらく囚われの身になってもらいましょう」
アウローラが優雅に傍らのベルを鳴らすと、途端に部屋の中に衛兵達が雪崩れ込んでくる。やっぱり……罠だったんだ!
逃げようにも蛇達は私の体中を這い回り動きを封じ、サークも腕を封じられたままだ。加えて唯一の出入口は、衛兵達にすっかり塞がれている。
「安心しなさい、こっちの用事が済んだら解放してあげる。……さ、牢屋に連れていきなさい」
私達は為す術もなく、衛兵達に囚われるしかなかった――。