表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空の小夜曲~恋と未来と、少女の決意~  作者: 由希
第2章 中央大陸編
169/188

第146話 アウスバッハの一族

「クーナ! サークおじ様……っ!」

「お母様!」


 二年ぶりの我が家。玄関の扉を開けると、すっかりやつれてしまったお母様が駆け寄ってきた。


「よく……よく帰ってきてくれたわ。よくっ……!」

「お母様、お父様と兄様は……?」


 私が聞くとお母様は言葉を詰まらせ、涙をぽろぽろとこぼした。そしてそのまま泣き出してしまい、私はどうしていいか解らなくなってしまう。


「お、お母様、一体何が……」

「――戻ったのですね、クーナ」


 その時家の奥から、りんとした声が響いた。私が顔を上げると長い白髪を頭の上でお団子にした、小柄な老婦人が姿を現した。


「ひいおばあちゃま!」

「元気そうで何よりです。サーク、お世話をおかけしましたね」


 老婦人は私達の前に立つと、ふわりと柔らかく微笑む。その気品あるたたずまいは、一目で彼女がただ者ではないと理解させる。

 この人が、私のひいおばあちゃま。大賢者クラウス・アウスバッハを生涯支え続けた妻、エル・アウスバッハその人だ。


「久しぶりだな、エル。一体何が起こってるんだ?」


 サークの問いに、ひいおばあちゃまは小さく眉根を寄せる。……こんな難しい顔をしたひいおばあちゃま、初めて見た。


「……状況は、かなり切迫しています。実は……」


 ひいおばあちゃまが、重い口を開く。語られた内容は、次の通りだった。



 今から七日ほど前の事。グランドラ政府からお父様に向けて、緊急の呼び出しがあった。

 何でも、他国との密通の疑いがあるとかで。その疑いを晴らす為にも、お父様は政府のある首都サルトルートに行かざるを得なくなった。

 ところが、お父様がサルトルートに出立したその三日後。突如政府が、国軍を差し向けてきたのだという。



「国軍の使者は言いました。ハリーが国に対し、反乱を目論んでいた事を自白した……と」

「そんなはずはないわ! 優しいあの人が家族にも黙ってそんな、そんな事……っ!」


 泣き腫らした目で叫ぶお母様に、私はその通りだとうなずく。あの温厚なお父様が、反乱なんて考えるはずがない。


「……とにかく国軍は、それを理由にアウスバッハ領に侵攻を開始しました。私は急ぎ領民達を中央に集め、籠城ろうじょうをする事にしたのです」

「レオノは? 姿が見えないが」

「あの子は事の真偽を確かめに行くと言って、単身サルトルートに向かいました。連絡の方は、まだ……」

「そんな……兄様……」


 あまりの事に、私は思わず呆然ぼうぜんとしてしまう。お父様……兄様……二人とも無事なの……?


「とりあえず今は私が領民を指揮し、取りまとめていますが、このままではすぐに押し切られます。何しろあちらは国軍、規模が違いますから」

「……なるほど。状況は解った」


 腕組みして話を聞いていたサークが、真剣な表情で頷いた。そして私を振り返ると、こんな事を言う。


「クーナ、確かお前、自分の馬を持ってたな?」

「キャロの事? うん、今も厩舎きゅうしゃにいるはずだけど……」

「よし。エル、悪いが馬を一頭貸してくれ。俺達もサルトルートに行く」

「えっ!?」


 その言葉に、私は驚いてしまう。だって、こんな状態のアウスバッハ領を放っておいていいの?


「あら、私が先にお願いしようと思っていましたのに」


 けれど、ひいおばあちゃまは。驚いた様子一つなく、そう言った。


「さすがだな、エル。状況を見る目は衰えていない」

「ここであなた達が出来る事は、何もありません。どうかサルトルートへとおもむき、政府を説得して下さい」

「お、おばあ様、何をおっしゃるんです!」


 ひいおばあちゃまの言葉に反論の声を上げたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたお母様だ。お母様は私を強く抱き締め、ひいおばあちゃまを懸命けんめいににらみ付ける。


「私は反対です! サークおじ様だけならともかく、クーナまでサルトルートにやるなんて! ただでさえハリーとレオノが帰ってこないのにっ……!」

「クーナなら大丈夫ですよ、メニ」


 一気にまくし立てるお母様に、ひいおばあちゃまは柔らかく微笑み言った。それはこの状況には似つかわしくないほどに、慈愛に満ちた微笑みだった。


「クーナは強い子です。この二年間、私達に弱音一つ吐かず自分の夢を追い続けた子です。サークが迷わずこの子を連れていくと言ったのも、それだけの成長をこの子がした証でしょう」

「で、でも……」

「信じましょう。サークと、私達のいとしい家族を」


 ひいおばあちゃまの目が、お母様を真っ直ぐに見つめる。お母様はしばらく迷う素振りを見せていたけど、やがて私の体を解放した。


「……クーナ、約束して」

「お母様……」

「必ず無事に戻ってきて。あなただけでも、どうか……」


 そう言うとお母様は、また激しく泣き出してしまった。私はそんなお母様を、今度は自分から強く抱き締める。


「うん。大丈夫。絶対に、お父様と兄様を連れて帰ってくるから」

「サークおじ様、クーナを……クーナをお願いします」

「ああ、任せとけ。今まで俺が、お前達の信頼にこたえなかった事があったか?」


 お母様の言葉に応え、サークが力強くうなずく。……そうだ、必ず帰るんだ。

 お父様と兄様を必ず見つけて、こんなふざけた争いも終わらせる。それが今一番、私達のやるべき事だ!


「ひいおばあちゃま、私達が戻るまでアウスバッハをお願い!」

「もちろんです。アウスバッハの名に賭けて、必ず私達の家を守ってみせます」


 そうして私達は急ぎ、サルトルートに向かう準備を整える事になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ