第145話 荒れた故郷を駆ける
アウスバッハ領は、広さで言えばそこまで広い訳じゃない。
元々は一つの国にたくさんあった領の一つで、その中でもアウスバッハ領は小さな方だった。それが現在唯一の自治区となり得たのは歴代当主の努力ももちろんあるけれど、何よりひいおじいちゃまの血筋が大きく関係している。
ひいおじいちゃまは実は、元々のアウスバッハ家との血の繋がりはない。ひいおじいちゃまの実の父親は当時のグランドラ国王。いわゆる庶子と言うやつだった。
その事はずっと秘密にされていたんだけど、ひいおじいちゃまが大賢者として時の人になると隠しきれず、明るみに出る事になってしまった。当時はひいおじいちゃまを新たな王として王政復古しようとする動きもあったなど、色々ともめたらしい。
つまり私は、もしかしたら王女様として生まれてたかもしれない訳で……。ううん、これ以上話を脱線させるのは止そう。
とにかくそんな訳で例え徒歩だとしても、領の端から中央のアウスバッハ家に行くのにそれほど時間はかからない。休まず歩いて丸一日ってところだ。
国軍の侵攻がどこまで及んでるか解らないけど……。早く家に戻って、お父様達に会わなくちゃ!
サークと二人、国軍を避け時に退けながら荒れ果てた領内を進んでいくと、やがて行く手に小さな壁のようなものが見えてきた。あんなもの、昔はなかったはずだ。
「サーク、あれって……」
「多分、バリケードだろうな。領民の作った」
振り返った私に、サークが真剣な表情で答える。
あれを作ったのがアウスバッハ領のみんなって事は、あの向こう側はまだ無事だという事だ。その事に、少しだけ安心した。
「じゃあ、どうしよう? 壊して入る訳にはいかないし……」
「そうだな……この高さならあの手でいくか」
サークは少し考えた後そう言って、土の上位精霊を呼び出した。そして目の前に、大きな坂を作る。
「飛べるか? 不安なら抱えてやるけど」
「だ、大丈夫だもん!」
こっちを振り返って意地悪く笑うサークに、頬を熱くしながら反論する。うー……絶対これ、私が恥ずかしがるの解ってて言ってる!
でも、前のサークだったらこんなからかい方はしなかったから……。ちょっとくらいは、異性として意識されるようになった……のかな?
「なら、誰も来ないうちに跳ぶぞ。跳んだらすぐにこいつを片付けねえと」
「うん!」
素早く周囲を見回し誰もいないのを確認すると、私達は坂を駆け上がりバリケードを飛び越えた。同時にサークが精霊に命じ、坂を元の平らな地面に戻す。
そして私達が地面に降り立った、その直後。
「動くな!」
「!?」
どこからともなく現れた武装した集団が、瞬く間に私達を包囲する。私達は反射的に、彼らに対して構えを取った。
「誰なの!?」
「それはこっちのセリフだ! 鎧は着てないが国軍の手先か!?」
そう言われて気付く。目の前の人達は確かに武装してるけど、構えの方は素人同然だ。
「あなた達、もしかしてアウスバッハ領の……!?」
「だったらどうだっていうんだ! やっぱり敵か!?」
隊長らしき男の人の言葉に、私は慌てて構えを解く。領民なら、戦う理由なんてない。むしろ守るべき相手だ!
「待って、私達は……!」
「……なああれ、もしかしてクーナ様じゃないか?」
何とかみんなに解ってもらおうと口を開いたその時、集団の後ろの方からそんな声がした。その声に、みんながにわかにざわつきだす。
「クーナ様……って、領主様の娘の……?」
「アウスバッハを出て、見聞の旅に出たっていう……」
「じゃあ一緒にいるのはあの『竜斬り』……?」
戸惑う声が方々から上がり、向けられていた敵意が薄れていく。……け、結構領内でウワサになってたんだな、私がサークと旅に出たの……。
みんなはしばらくザワザワと話し合い。やがて、武器を下ろして頭を下げた。
「非礼をお許し下さい、クーナ様、『竜斬り』様! そしてお願いです、どうか……このアウスバッハ領を救って下さい!」
その言葉に、私達は一、二もなくうなずいた。