第142話 故郷の危機
中央大陸リベラにおいて、最古の共和国。それが私の故郷、グランドラである。
始まりは今から八十年ほど前。グランドラ最後の国王となったエンデュミオン・シルヴィア・グランドラが、共和制を取り入れると宣言した事による。
エンデュミオンは暗君と呼ばれた父である前王を武力をもって廃し王座につくと、戦争によって周辺諸国を次々と攻め落とし国を拡大させた。けれど大国である隣国レムリアとの戦争を最後に改心し、以降は優れた治世を行ったという。
そんなエンデュミオンだけど、なかなか妻を迎えようとせず、後継者が誰になるのかというのが当時の貴族達の最大の関心事だった。そんな最中での、共和制宣言である。
当然、貴族達は反対した。共和制が採用されれば、もう今までのように地位にあぐらを掻く事は出来なくなる。
けれど一般の民衆、そして――当時の貴族の中で最も強い発言権を持っていたアウスバッハ家、つまりうちがエンデュミオンの意向に賛同の意を示した事により、最終的に共和制は採用された。王政の終わりである。
それにより、殆どの貴族の家は解体されたんだけど、民衆の支持を得た一部の貴族だけは、そのまま自治領として領地を持つ事になった。そのうちの一つが、うちだ。
もっとも時が経つに連れて、それら自治領は次々と国に吸収されていった。今でも自治領として残っているのは、今ではもううちだけになっている。
今私達が向かっているのは、そのアウスバッハ自治領。今領を統治しているのは、私のお父様のハリー・アウスバッハだ。
幾度も馬車を乗り継いで、アウスバッハ領を目指す。途中に広がるのどかな田園風景が、目指す場所が近い事を教えてくれる。
「……妙だな」
けれど、そんな風景を見ながら、サークは固い表情でポツリと呟いた。
「妙って、何が?」
「アウスバッハ領に近づく度、落ち着かない精霊が増えてきてる。あの辺りに精霊を刺激するようなものはない筈なんだが」
「精霊が……?」
エルフには生まれつき、精霊の存在やその様子を感じ取る力が備わっている。それは霊魔法が使える人間が増えてなお、霊魔法の使い手と言えばエルフという評価に繋がっているんだけど……。
「……考えたくはないが」
眉根を寄せ、更にサークは続ける。
「もしも異神の手先が、アウスバッハ領に手を出したんだとしたら……」
「……!」
サークの示した最悪の可能性に、心臓が跳ねる。もしアウスバッハの皆に、何かあったんだとしたら……!
「サーク……!」
「ああ……のんきに休んでる暇はなさそうだ」
力強いサークの手に抱き寄せられながら、私は、アウスバッハの皆の無事をひたすらに祈った。