第139話 腕の中の慟哭
宿のベッドに、力無く腰掛ける。この数日で、一年分は一気に老け込んでしまったような気がする。
……本当に、辛い結末だった。今まで関わった事件が、全部円満解決した訳では確かにないけれど。
こんなにも、私達がもっとしっかりしていれば防げたと思えた結末は初めてだった。
解ってる。甘えすぎていた。サークがいつも通りでない事は解ってたのに、それでも心のどこかで頼ってしまっていた。
サークならきっと間違えないと、責任を押し付けてしまっていた。
「……」
俯き、ドアの側に立ち尽くしたままのサークをチラリと見遣る。あれからサークは、表向きは調子を取り戻して事態の収拾に当たっていた。
でも、私には解る。サークはただ、無理をしてるだけだ。
浮かべる表情も、声色も、全部全部心からのものじゃないって――それが解るぐらいには、ずっとずっと一緒にいたんだから。
「……ねぇ、今回の事はサークのせいなんかじゃないよ」
何を言ったらいいか解らなくて、何を言っても空しい気がしたけど。それでも黙ってはいられなくて、私はそう言葉を振り絞った。
「霧を解除したらああなるだなんて、誰も知らなかった。解らなかった。あの状況だったら、誰だってサークと同じ判断をしたよ」
「……」
「だから、お願い。もう自分を責めないで。サーク……」
私の言葉に、サークの顔がゆっくりと持ち上がる。長い前髪の下に隠れた紫水晶色の瞳が露わになった瞬間、私は、思わず身を強張らせた。
行き場のない怒りと絶望、そして静かな狂気の光が、そこには在った。
「……うるせえんだよ」
低い、低い声でサークが呟く。ノアに操られてた時ですら、こんな声を向けてきた事はなかったのに。
「知ったような口聞いてんじゃねえよ。お前みたいなガキに、何が解る」
「サ、サー……」
「黙れっつってんだよ!」
荒げられた声に、体が震える。サークは大股に私に近づくと、そのまま私をベッドに組み伏せた。
「つっ……!」
「本当はお前だって思ってるんだろうが! 全部俺のせいだって! 内心、俺を軽蔑してるんだろうが!」
「ち、ちが……いづっ……!」
口に出そうとした否定の言葉は、両方の手首を一度に拘束する力がもたらす痛みに飲まれた。サークは憎しみすら感じさせる目で、冷たく私を見下ろす。
「――ああ、そうか。どうせ嫌われるなら、もっと早くこうすりゃ良かった」
不意にサークの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。その笑みは、どこか――泣いているようにも思えた。
「キャッ……!」
それに気を取られていると、突然、コートの前を暴かれる。そのままサークの手がタンクトップにかかるのを見て、私は反射的に声を上げていた。
「ま、待って……!」
「ハッ、何言ってやがる。男と女が同じ部屋に寝て、今までこうならなかったのがおかしいんだよ」
言ってサークが、剥き出しの私の肩に勢い良く噛み付く。それは本当に私を食い千切ろうとするかのような強い力で、激しい痛みが噛まれた部分から全身に広がった。
「いっ……!」
「ガキだと思ってたが、なかなかいい声で啼くじゃねえか」
「お願い、止めて……!」
救われない。こんな事をしたって、サークは何も救われない。
解ってるのに。どうしたらサークが止まってくれるか、頭の中がグチャグチャで全然解らない。
(……あ)
不意に私は、手首の拘束が緩んでいる事に気が付いた。今なら全力で抵抗すれば、きっとサークから逃げられる。
でも。……でも……。
「……どうせ……」
悩む私の目の前で、再びサークが顔を歪ませた。
「どうせ俺になんて、とっくに失望してるんだろ……!」
「……!」
……駄目だ。今のサークを突き放す事なんて、私には出来ない。
こんなサークを放って。一人になんて、しておけない。
なら……突き放せないのなら、いっそ……。
「……いいよ」
「……っ」
私のささやきに。サークの瞳が、大きく揺れた。
「私の事、好きにしていいよ。だから……悲しい気持ちを我慢しないで」
更に緩んだ拘束を抜け出し、サークを強く抱き締める。腕の中のサークの体は、微かに震えていた。
「泣きたいなら、思い切り泣いていいの。私より大人だからって、強がったりしなくていいんだよ」
「……う……」
サークの体が、一層大きく震える。私はサークを抱く腕に、更に力を込めた。
「私はどこにも行かないよ。だから、お願い。今だけは、泣きたいだけ泣いて。……ね?」
「あ、ぁ……う、あ……!」
かすれた声を上げて、サークが私の肩に縋り付く。顔が触れた場所がだんだん湿っていくのが、感覚で解った。
「大丈夫だよ、大丈夫……私はここにいるよ……」
「うぁ、あ……あああっ……!」
サークが泣いた。声を上げ、縋り付き、救いを求めるように。
私は、サークが泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっとサークを抱き締め続けた。
あなたの悲しみがどうか少しでも拭えますようにと、強い強い願いを込めて。