第135話 交渉決裂
……女の人の告白が終わった。
そうか。私はやっと理解した。
村が外界から隔絶されたのは、村の時間が女の人が立方体を使った時から進んでないから。この霧は、村の時間を止める為のものだったんだ。
「霧が出始めてから、皆の病状の進行が止まった」
俯き、目を伏せ。女の人は更に言った。
「この霧を止めればあの人の病気も、他の村人達の病気もまた進行が始まってしまう。それにこの霧が村を覆って以来、新たな感染者は出てないんだ」
「だから見逃せ、と?」
「お願いだよ。医者がこの村を訪れるまで、それまででいいんだ。アタシ達と一緒に、ここで耐えてはくれないかい」
……正直、それは難しい。私はそう思った。
女の人の言う事は、一見筋が通っている。でもその計画に乗るには、致命的な点が一つある。
それは、この伝染病の治療に必要な薬を持った医者がこの村の近くを通りかかるという、実に都合の良い偶然に頼らないといけないという点だ。
旅医者という存在が、全くいない訳じゃない。現にサークの故郷は、その旅医者に救われている。
けど、これだけ旅人を引き込んで、旅医者が一人もいないのである。しかもその旅医者は、伝染病の特効薬を持っていなければならない。
エリスさんから、話を聞いていたからこそ解る。そんな奇跡――そう何度も起こるはずがない。
それだけじゃない。伝染病の存在は、もう旅人達にすっかり知れ渡ってしまった。
彼らは、霧が出ている間は病気にかかる事はないというその説明を信じるだろうか? ……私には、そうは思えない。
「……例え、アンタの言う事が総て本当でもだ。俺はすぐにでも、この霧を止める」
そう思っていると、サークが女の人に冷たく言い放った。当然、女の人はそれに半狂乱になる。
「アンタは! この村の人間が、死んだっていいって言うのかい!」
「死なせない為に言ってる。こっちには馬車もある、全速力で馬を飛ばせば助かる確率は上がるはずだ」
「そんな事言って! アンタもどうせ、自分が助かりたいだけなんだろう!」
女の人が、キッとサークを睨み付ける。そして立方体を、強く抱きかかえた。
「させないよ! うちの人は、アタシが守るんだ!」
立方体が光を放ち、女の人を包み込む。そして。
「……ギャオオオオオオオオン!!」
光の中。女の人のシルエットは、屈強なリザードマンのものへと変わった。