第134話 霧の真実
「出でよ、風よ!」
サークが扉を開けた瞬間、風の刃が私達に向けて放たれた。それを私達は、紙一重のところでかわす。
改めて見た家の中では、最初に会ったあの年配の女の人が仁王立ちでこっちを睨み付けていた。その手には、見覚えのある赤い立方体が抱えられている。
「……よくも病の事を、他の連中に喋ったね」
憎々しげに、怒りに燃えた顔で女の人は言った。そんな女の人にも、サークは冷徹な表情を崩さない。
「この霧を今すぐ止めろ。俺達を解放するんだ」
「……断るよ」
「医者ならすぐに呼んでやる。こうしてたって、全員が病で死ぬだけだ」
「今からじゃ、あたしの夫は間に合わないんだよ!」
サークの説得に、悲痛な叫びで応える女の人。それを聞いて、私の心に改めて疑問が湧き上がる。
旦那さんを助けたいなら、尚更早くお医者さんを呼ばないといけないはず。なのにこの人がやっている事は、全く逆の事だ。
これが意味する事は、やっぱり……。
「……ねえ」
「何だい! 何と言われようとこの霧は……!」
「この霧は、皆を閉じ込める為のものじゃない。……そうだよね?」
「……!」
私の指摘に、女の人が明らかに顔色を変えた。……やっぱり、そうなんだ。
この人は、この村に皆を閉じ込めたかった訳じゃない。何か別の目的の為に、そうならざるを得なくなってしまっただけ……!
「……どういう事だ」
「教えて。この霧の本当の意味、あなたがこの霧を起こした本当の理由を」
「……」
女の人は、しばらく私達を無言で睨んだ後。ぽつり、ぽつりと話し始めてくれた。
――彼女は元々、旦那さんと共に最近この村に移り住んできたばかりだった。
前に住んでいた町では魔導鑑定士をしていた彼女は、ある日村にやってきた女行商人から興味本位で赤い立方体を買った。立方体に高純度の魔力と混沌が含まれている事に、前職の経験から気付いたからだ。
村に伝染病が広まったのは、その直後だった。彼女の夫も感染者となり、しかも悪い事に、歳の為に腐敗の進行が普通より早かった。
今から医者を呼んでも、旦那さんが手遅れになる事は避けられない。そう思った彼女は、藁にも縋る思いで、こう、立方体に願ったのだ。
『この村の総ての病人の、病の進行を止めて欲しい』
――と。
――そして、村を、霧が覆った。