第133話 クーナの推測
果たして、事態はサークの狙い通りになった。
「お客さん、お客さん!」
小声で私達を呼びながら、大慌てで御者さんが走ってくる。そして、窓枠の下に潜む私達に報告をした。
「西の外れの家の住人が、外に出たようでさぁ! 今二人のうち一人が、後をつけてると!」
「解った、西の外れだな。アンタは集会所に戻っててくれ」
「へ、へえ!」
サークの指示に従い、御者さんがその場を去って行く。それを見届けて、サークは窓から見えないように立ち上がった。
「行くぞ」
「あっ……」
言うなりこっちを振り向きもせずに歩き出すサークの後を、私は急いで追いかけた。
今のサークには、余裕がない。サークの背を見失わないように駆け足気味に歩きながら、改めて私はそう思う。
いつものサークならこんな視界の悪い中で、はぐれる危険のある進み方はしない。急ぐにしたって、命綱のようなものを結んだ上で急ぐだろう。
サークといつも一緒にいる、私だから解る。今のサークは、細かい部分に気を配る余裕がなくなっている。
理由は解っている。早くこの村を出て病にかかった人達を治療させなければ、その思いがサークを焦らせている。
かつて故郷を襲い、両親を奪い、仲の良い従弟のヒューイさんまで奪いかけたあの伝染病は、今もサークの心に深い傷を残してるはずだ。いくら長く生きたサークでも、平静を保っていられないのは無理もない。
でも……何故だか酷く胸騒ぎがする。私達は、何か大切な事を見落としている気がする。
それに気付かない限り、何か取り返しのつかない事になってしまう、そんな予感が……。
(このまま犯人を追い詰めたら、絶対に駄目だ。私が、何とかしなきゃいけない)
ここまで来てしまったら、もうサークの事も皆の事も私一人じゃ止められない。だったら、私が頭を振り絞って、何が間違ってるのかに気付くしかない……!
(考えろ……考えろ、私……!)
霧が発生してからこれまでの、一連の流れを思い出す。何度も何度もそれを繰り返したところで……私の思考が、不意に沈んでいたそれに触れた。
(……そういえば……犯人はどうして霧を発生させて、村の人達や訪れた旅人を外に出れないようにしたの?)
そうだ。私達は、それについて何も推測していない。
犯人が村人なら、病の広がる村にずっといたいだろうか? 逆に、何としてでも逃げたいんじゃないだろうか?
村に恨みがあって滅ぼしたいのなら解るけど、その可能性はサークの推理が否定している。なら犯人はどうして、皆を村に閉じ込めてるんだろう?
(もしかして……もしかしてだけど)
そこで私は、一つの可能性に気付く。犯人は、皆を閉じ込めようとしてるんじゃない。
村から出れなくなったのは、何か別の目的の副作用なんじゃないの?
それが解らないままこの霧を解除して、本当にいいの……?
「ねぇ、サー……」
「シッ。……あれを見ろ」
「え?」
私が口を開きかけたその時、サークが前方を指差した。するとそこに、見張りを任せた旅人のうち二人が揃って地面に倒れ伏しているのが見えた。
「!!」
「待ってろ、様子を確かめてくる」
サークが足音を立てないように二人に近付き、脈などを確認する。しばらくするとサークは顔を上げ、表向きは冷静な様子で言った。
「大丈夫、眠っているだけだ。……だが、起きる気配もないな」
「……犯人かな?」
「多分な。……恐らく、今はこの中にいる」
そう言ってサークが、顎で近くの家を指し示す。ここに……犯人がいる……。
「こんなに解りやすく手がかりを残すって事は、逃げるつもりもないようだ。……行くぞ」
「待って、サーク、その前に話が……!」
私の制止の声も聞かず。サークは鍵のかかっていない扉を、乱暴に開け放った。