第14話 彼の想いと彼女の決意
大きな音を立てて、コープスが倒れる。コープスの頭を焼いた私の炎は、やがて体全体に燃え広がっていった。
「……終わったな」
そう呟いたサークが、血を流しすぎたせいかふらりとよろめく。私は慌てて、その体を側で支えた。
「ベルファクトさん、サークの治療を!」
「……本来ならエルフなどにかける魔法はないところですが……仕方ありませんね」
私の懇願に、意外にもアッサリとベルファクトは応じてくれた。私達は一旦その場に腰を落ち着け、体を休める事にする。
「おい、野蛮人。このバンダナは邪魔だから外させて貰うぞ」
「あっ……」
言ってベルファクトが、サークの額の血塗れのバンダナに手をかける。それに気付いた私は慌てて止めようとしたけど――もう遅かった。
露になる、バンダナの下の額。そこには大きな古傷が、横一線に刻まれていた。
「額に傷のある、エルフの剣士? まさか……貴様は、あの伝説の『竜斬り』……?」
呆然と呟かれたベルファクトの言葉に、サークが気まずそうに目を背ける。ああ……しまった。バレてしまった。
『竜斬り』。余程の新人でない限り、その名前を知らない冒険者はいない。
まだ世界に、魔物が溢れる前。エヴァスターという国で、ドラゴンが現れた事があった。
ドラゴンって言うのは、現在でもその存在が数える程しか確認されてない最強の魔物と呼ばれる存在。今よりもずっと魔物慣れしていない人間側に、勝ち目はない筈だった。
けどそのドラゴンは、三英雄と後に呼ばれる事になる三人の冒険者の手によって倒される事になる。そのうちの一人が、額に傷を持つエルフの剣士『竜斬り』。
そして、今目の前にいるサークこそが――『竜斬り』、その人なのだ。
「……あの判断力、そして身のこなし。何より名を騙るならば、証明である傷を隠す事に意味はない。……本物、という訳か」
「……」
「その肩書きさえあれば、どこへ行こうと意のままに暮らせる筈だろう。それを貴様は何故、一介の冒険者と同じように生きている?」
ベルファクトの疑問は、今のサークを見た人ならきっと誰でも思う事だと思う。英雄の地位を自ら捨てるのなんて馬鹿げてるって。
サークは、その問いに一つ溜息を吐いて。そして、真剣な表情で言った。
「俺の欲しいものは、英雄としての暮らしの中にゃないからさ」
「欲しいものとは何だ?」
「自由に、気ままに、世界の移り変わりを見つめる。そんな単純な生活さ」
サークとベルファクトの視線が、刹那、交わる。ベルファクトは溜息を返して、こう呟いた。
「……私には理解出来ない生き方だ」
「そうかい」
「……だが」
そう言うと、ベルファクトの手が印を結び始める。それが終わって手が輝き始めると、ベルファクトはサークの頭に光る手を当てた。
「私は例え英雄だろうと、エルフにかしずく気はない。よって私にとっては貴様はこれからもただのエルフで、みだりに貴様の素性を言い触らすつもりも毛頭ない。怪我が治ったらさっさと私から離れろよ」
「……テメエがうちのお姫さんに手を出さねえなら、喜んでそうしてやるさ」
憎まれ口を叩き合う二人だけど、その顔は二人とも不思議と笑っている。……よ、よく解んないけど仲良くなった……のかな?
とにかく、これで大騒ぎになる心配はなさそうだ。変に名前が知れてると、本人だってバレた時に物凄い事になっちゃうんだよね。だから私も、クラウス・アウスバッハの曾孫だって事は秘密にしている。
……あ、そうだ。
「ベルファクトさん、ありがとう」
「え?」
私がお礼を言うと、心底意外だと言う風にベルファクトが目を丸くする。確かに今までの私の態度からしたら、意外なのかもしれないけど……。
「コープスを倒す時、足を斬ってバランスを崩してくれたでしょ? それに、今こうしてあんなに嫌ってたサークの治療もしてくれてる。だから、ありがとう」
「……」
ニッコリ笑ってそう言うと、ベルファクトは暫く私の顔をマジマジと見ていた。けどやがて、大きく私から顔を逸らしてしまう。
「ベルファクトさん?」
「……私は、大した事はしていません」
そう言ったきり、ベルファクトは押し黙ってしまった。わ、私、何かいけない事言っちゃったかな……?
「……おい、クーナ。ちょっと来い」
私がベルファクトにどう声をかけるか悩んでいると、サークが突然私を手招きした。何だろうと思いながら、私はサークの側に寄る。
「どうしたの、サー……」
「……こんの馬鹿娘!」
するとそう言うが早いが、目にも止まらぬ速さの拳骨が私の頭に落ちた。そのあまりの衝撃に、私は悲鳴も上げられず呻きながら頭を抱えた。
「うううううう……」
「俺がちょっとぶっ飛ばされたぐらいで我を忘れやがって! 戦いの最中は絶対に冷静さを失うなって教えただろうが!」
「ご、ごめんなさい……」
返す言葉もなく、私は謝る事しか出来ない。頭に血が昇って冷静さを失った上に結局サークの手を煩わせたんだもん……呆れられても仕方無い……。
自分の不甲斐なさに、顔を上げる事も出来ない。そんな私の耳に、小さく溜息を吐く音が聞こえて――。
――次の瞬間、私はサークの腕の中に抱きすくめられていた。
「……え……?」
「――頼むから、あんまり心配をかけるな」
耳のすぐ側で、サークの声が響く。とても真摯で、どこか切なげで――そんな声が、私の心を揺さぶる。
「お前に何かあったら……俺は、自分を一生責め続ける」
「……サーク……」
――ああ、そうか。私はやっと気が付いた。
サークは、ずっと私を心配してくれてたんだ。私になるべく危ない事をさせたがらないのも、だからで。
この仕事が始まってからずっと不機嫌だったのも、私に変な虫が付かないか心配だったからで。そう思ったら、何だか、とても嬉しくなった。
口は悪くなっちゃったけど、サークは昔と何も変わってない。私をとても大切にしてくれた、優しいサークのままなんだって。
女としては、相変わらず見られてないのかもしれないけど……。それよりも、サークが私を大切に思ってくれている事の方が今は嬉しかった。
「……ごめんね、サーク」
「んだよ、急に」
「これからは、なるべく無茶はしないようにするから」
「おい、なるべくかよ」
呆れたようなサークの声に、私は笑う。これからは、焦らず、自分を大事にしながら強くなろう――そう思った。
「……おい、私の存在を忘れているならヒーリングを止めてもいいか」
そして直後にベルファクトにそう言われ、私達は慌てて体を離したのだった。