第128話 悪夢、ふたたび
「……確かに、ここから先に進めないな」
私達は村の入口まで戻り、外に出られないか改めて試してみた。けれども御者さんの言う通り、見えない壁のようなものに阻まれて、村から一歩でも先に出る事は出来なかった。
「お客さん方、集会所まで戻りましょうや。こんな何も見えねえ所にずっといるのは、どうにも落ち着かねえと言うか……」
「なら、一人で戻ればいい」
「止めて下せえよ。一人でなんて、居心地が悪いったらありゃしない」
そう言われても、黙ってただ飢え死にを待つ気なんて私にもサークにもない。御者さんには申し訳無いけど、このまま探索を続けさせてもらおう。
「そうだ、精霊ならどうだ?」
そこでサークが霧の精霊を呼び出し、外に出そうと試みる。けれど結果は同じで、やはり村から出る事は出来なかった。
「精霊でも駄目か。となると……聖魔法のシールドに近いものか?」
「でもシールドなら、村に入る事も出来なくなるはずだよ」
「それなんだよな。て事は、可能性が高いのは……」
どちらからともなく、私達は顔を見合わせる。この世界にはないはずの技術。となれば、この件に異神が関わってる可能性は非常に高い。
「サーク、ここは思い切って、村人さん達に聞き込みしよう。誰か一人くらいは、何か気付いた事があるかもしれない」
「ああ、それしかなさそうだ」
「え、ええ……もう、どうなっても知りやせんよぅ……?」
私達の意見は一致し、とりあえず片っ端から、家を回ってみる事になった。
……それから数十分後。
「悪いけど、僕は何も知らないよ。帰ってよ」
もう何度目になるか解らないすげない返事に、私は心の中で溜息を吐く。目の前の男の子は、決して好意的とは言えない目で私達を見つめた。
聞き込みの結果は、ハッキリ言って、全敗だった。
村の人達は誰も、この状況に心当たりなどないと言うばかり。それどころか、用が済んだらさっさといなくなれと、冷たくあしらってくる人がほとんどだった。
最初に会った女の人は、まだ友好的だったと言える。そのくらい、村人さん達は私達に冷たかった。
「ねえ、私達この状況を解決したいの。本当に何でもいいの、知ってる事があったら教えて!」
「何も知らないったら! いいから帰れよ! お医者様でもないくせに!」
「……医者が必要な誰かがいるのか?」
私達を必死に追い出そうとする男の子だったけど、サークがそう指摘すると、サッと顔色を変えた。そして、私達を力ずくで外へ押し出そうとしてくる。
「何でもないよ! かーえーれっ!」
「大体変だと思ってたんだ。お前のようなガキが、客の応対をするなんて。……親が、病気か怪我をしてるな?」
「わっ……!」
けれどサークは抵抗する男の子をひょいと片手で担ぎ上げると、スタスタと家の中に上がり込んでしまう。私も申し訳無いと思いながらも、それに続いて家にお邪魔した。
「離せ! 離せよっ!」
「暴れんな。本職ほどじゃないが、俺も病気や怪我の知識はそこそこある。お前の親を看てやるよ」
「えっ……ホントに……?」
サークの告げた言葉に、男の子の抵抗がピタリと止む。その隙にサークが、奥の部屋の扉を開けた。
途端、わずかな腐臭が鼻を突いた。
「……これは」
部屋の中を見たサークの声が、微かに震える。
そこにいたのは、一組の夫婦と小さな女の子だった。三人はそれぞれベッドに寝かされ、ハアハアと荒い呼吸を繰り返していた。
そこまでは、ほぼ予想通り。でも、でも彼らの体は――。
その全身が、酷く膿んで腐っていた。