第126話 絶界の村
霧の中を、馬車は慎重に進んでいく。
先に進むにつれて、霧はどんどん濃さを増していって。今では、手の届く範囲しか見えなくなってしまっていた。
サークが精霊に方角を確認させながらでなければ、きっととっくに迷ってしまっていただろう。
「見て下せえ! 村です!」
やがて御者さんがそう声を上げ、私は幌から顔を出す。白い視界の中、ぼんやりと、村の入口のようなものが見えた。
「お客さん方はここで待ってて下せえ。村人達に、一晩泊めてもらえるか聞いてきやす」
そう言い残し、御者さんは一人村の中へと入っていった。私達は不安がる馬達をなだめながら、ジッと御者さんの帰りを待つ。
……けれども。
「……遅いな」
いくら待っても、御者さんは一向に戻って来なかった。私達の心にも、だんだんと不安が広がっていく。
「……様子を見に行くか。クーナ、お前はここにいろ」
「私も行くよ。この状況でお互いに孤立する方が、余計に危険だと思う」
「それも一理あるか。解った、はぐれるなよ」
馬を近くの木にしっかりと繋いでから、私達は村に入った。霧のせいだろうか、表に人の気配はない。
ひとまず、入口に一番近い家の玄関をノックする。すると扉を開け、顔を出したのは御者さんだった。
「ああ、お客さん方も来ちまったんですか……」
開口一番、額を押さえて溜息を吐く御者さん。私達が訳も解らず顔を見合わせていると、奥からもう一人、年配の女性が現れた。
「あなた方、この御者さんのお客様ですか?」
「ああ。彼がなかなか戻って来ないので、探しに来た」
「……入って下さい。詳しい話は中でします」
女性に促され、私達は家の中にお邪魔する。勧められた椅子に全員が着いたところで、女性が話を切り出した。
「あなた方がこの村を訪れたのは、外を覆うこの霧のせいですね?」
「はい、そうです」
「簡潔に言います。この村に入った以上、もう外には出られません」
「!?」
思いがけない物騒な言葉に、私達は思わず表情を強張らせる。そんな私達を見た御者さんが、困り果てた顔で言った。
「その人の言う事は本当でさぁ。あっしも何度も村から出ようとしたんですが、見えねえ壁みたいなモンに遮られるわ村の外に声は届かないわで……」
「確かに馬車で待ってる間、アンタの声は聞こえなかったな」
「うん。私も聞いてない」
記憶を探りながら、サークと二人頷き合う。私達の証言に、女性はますます暗い顔になった。
「……総ては、この霧のせいです。この霧のせいで、この村はこんな風になってしまった」
「この霧は、一体何なんですか?」
「私達にも解りません。解るのは、この霧が出てから外から来る旅人が急に増えた事。そしてその誰もが、村から出る事が出来なくなった事だけです」
「俺達以外にも、外から来た旅人がいるのか?」
「はい。今は村の集会所に寝泊まりしてもらってます」
成る程、大勢よそからの人がいるならそうなるだろう。という事は、私達もそこに泊まる事になるんだろうか。
「うぅ……」
「!!」
その時家の奥から苦しげなうめき声が聞こえてきて、女性の顔がサッと青ざめた。女性は急にガタンと席を立ち、私達を手で払うようなジェスチャーをする。
「こ、これで、私の知っている事は総て教えました。さぁ、お引き取りを!」
「は、はい、それじゃ……」
女性に急き立てられるようにして、私達は女性の家を後にした。