第124話 抜けない棘
○月×日
私は今日、総てを失った。
皆死に、私一人が生き残った。
私はこれからどうすればいいのだろう。
○月×日
村の皆の供養の為、ひたすらに彼らの姿をした人形を作り続ける。
恋人の顔を作ったところで、どうしようもなく涙が溢れてきた。
あの魔物が村を襲いさえしなければ、こんな思いをしなくて良かったのに。
○月×日
人形達に囲まれ、静かな時を過ごす。
彼らは喋らないが、私の側からいなくなる事もない。
それでも時々、どうしようもなく寂しくなるのは何故だろう。
○月×日
一人の旅人がやってきた。
食べるものがないと言うので食糧を分けてやると、お礼にと妙な宝石をくれた。
何でも混沌の力で、何でも願いを叶えられるらしい。
なら、村の皆を生き返らせてくれればいいのに。
○月×日
宝石の力は本物だった。
試しに小鳥に使ったところ、小鳥の魂が人形に流れ込み、何と人形が動き出したのだ。
何と言う奇跡か!
○月×日
小鳥が死んだ。同時に人形も動かなくなった。
どうやら本体が死ぬと魂も同時に死を迎えるらしい。
新たな魂を見つけて来なければ。
○月×日
何度も人形に魂を入れるうちに気が付いた。
人形を動かすのは所詮別のものの魂であり、本人が蘇る訳ではないと。
ならば――。
生きている人間の魂を本人の人形に入れれば、永遠に死なない新しい我が友の完成だ。
――そこで、日記は終わっていた。私は気持ちを暗く沈ませながら、日記をそっと閉じる。
人形師の家で見つけた日記。そこには、何故人形師がこんな事をしたのか、その答えが書かれていた。
親しい人間達を一度に、全員失ってしまった事。その悲しみが、彼を狂気に駆り立ててしまったのだろうか。
(……だとしても、彼のした事は許される事じゃない)
そう、だとしても、彼がやった事の罪の重さが変わる訳では決してない。自分の望みの為に、他の命がこれまでに積み重ねてきたものを打ち崩す事を躊躇わなくなった時点で、恐らく彼は人間を辞めていたのだ。
私には、その事がとても、とても悲しく思えた。
不意に考える。もしも彼のように一度に総てを失ってしまった時、果たして私は道を踏み外さずにいられるのかと。
サークが今ここにいたら、聞いていたかもしれない。もしサークが同じ立場だったら、一体どうしていたかを。
(けど、サークはきっと……耐えちゃうんだろうな)
一番の相棒だったひいおじいちゃまの死を、時間をかけて飲み込んだように。長い長い時間をかけて、悲しみに打ち勝って前に進んでいくのだろう。
その事を、少しだけ寂しいと思ってしまうのは――私の我が儘なんだろうか。
(らしくないな、こんな考え……)
そう思っても、一度芽生えたその思考は小さなトゲのように私の心に刺さって抜けなかった。