第120話 新しい人間
「テメェが、この村に引っ越してきたっていう人形師か」
現れたローブの人物に、サークが厳しい視線を向ける。ローブの人物はそれには応えずに、淡々と言いたい事を告げた。
「出て行ってくれ。それとも君達も、私の隣人になってくれるのか?」
「これは……あなたがやったの? あなたがこの村の人達に、こんな酷い事をしたの?」
「酷い事とは心外だ。これは純粋に、彼らの為にした事だ」
私の追及に、ローブの人物は心底意外だと言う風に首を横に振った。全く悪気のないその姿に、私は怒りより先に強い戸惑いを覚えた。
「あなた……何を言ってるの?」
「彼らは生まれ変わったのだ。痛みも苦しみも感じる事のない、永遠の刻を生きる存在へと」
「まさか……表の人形共の事を言ってやがるのか?」
「あれは人形ではない。私が造り上げた新しい形の人間だ」
淡々と、感情の読めない声で告げるローブの人物に、気温だけでない寒気を感じて私は震えた。……この人が、何を言っているのか解らない。
話の歯車が噛み合っていない、そんな感じが強くする。この人は――何か根本的なところが、私達とは全く違う。
「あれが人間だと?」
「そうだ。古い体から魂を摘出し、あの新しい体に移し替えた。……これを使ってな」
そう言ってローブの人物が取り出したものに、思わず目を見張った。あれは……前にフレデリカで、ビビアンが作ってた赤い立方体!
「これは素晴らしいな。この力を魂に少し混ぜてやれば、肉体は無限の再生を繰り返すようになる。それに加え、あの新しい肉体なら老いて朽ちる事も、病に苦しむ事もなくなる」
「テメェ……それが何なのか解って言ってやがるのか!」
「混沌と魔力を混ぜ合わせ、極限まで凝縮したもの、だろう?」
「そうだ。そんなものを魂に混ぜたらどうなるか……!」
「永遠の生が手に入るなら、安い代償だろう?」
首を傾げ、やっぱり淡々と告げるローブの人物。その、こちらを嘲る風でなく、本当にそれが正しいと信じて疑っていない様子が――何よりも恐ろしかった。
「ただ一つ、問題があってな」
と、ローブの人物が深い溜息を吐いた。
「繋がりが残っているのか、古い肉体が死んでしまうと、魂もまた死を迎えてしまう。そこで肉体の保存に適したこの遺跡に近いあの村へと移り住み、問題解決までの間、古い肉体を置いておく事にした訳だ」
「……もし問題が解決すれば?」
「知れた事。世界中の人間を生まれ変わらせる為に、動き出すだけだ」
「なら……尚更、ここでテメェを止めねえとな!」
曲刀を抜き、サークが吼える。私も、サークと同じ気持ちだった。
この人は危険だ。多分、今まで会った誰よりも。絶対に、ここで止めなきゃならない――!
「……残念だ。私の理想を解って貰えないとは」
私達が戦闘態勢に入るのを見て、ローブの人物が纏っていたローブを脱ぎ捨てる。その姿は――村人達と同じ、人形のものだった。
「テメェ、既に自分の体を……!」
「ならば、少しばかり痛めつけさせて貰おう。新たな隣人へと生まれ変わる為に……」
「私達は、人形になんかならない。――絶対に!」
会話の間にも奪われつつある体力を奮い立たせ、私達は人形師自身の人形と対峙した。