第12話 死者の行軍
サークと、ついでにずぶ濡れのベルファクトも一緒に、急いでキャンプに戻る。商隊の人達も今の声を聞いたらしく、テントから出てざわめいている。
「全員、焚き火の回りに集まって動くな! 灯りを絶やしたら最後だ!」
即座にサークが指示を飛ばして、まだ見ぬ敵の襲撃に備える。私も持っていた小手を嵌めて、周囲の気配を探った。
聞こえだす、地面を踏み締める音。そして遂に、暗がりからソレが姿を現した。
それは、ボロボロの服を着た人間だった。ううん、人間だったものと言った方が正しいんだろう。
所々肉が削げ落ち、骨が剥き出しになった肌。目玉や鼻を失い、すっかり崩れてしまった顔。
それは不死者の中でも最もポピュラーと言われる魔物、グールに他ならなかった。
「こんな人里離れた場所にグールだと!?」
ベルファクトが、長剣を構えながら驚きの声を上げる。確かに死体に魔物を生み出す元である混沌の力が入り込んで生まれるグールは、通常お墓がある人里近くで目撃されるものだ。
この近くに人里はない。あれば、わざわざここで野宿なんてしない。じゃあ、このグールはどこから来たの?
「呆けてる場合か! こんな時こそテメエの出番だろうが、色ボケ神官!」
「エルフが私に指図するな! 貴様に言われるまでもない!」
戸惑っている間にも次々と周りから現れ、数を増やしていくグールにサークが叫ぶ。ベルファクトはそれに怒鳴り返しながらも、素早く聖魔法の発動に必要な『印』を結び始める。
聖魔法とは印を結ぶによって自分の魔力を聖なる力に変換し、普通では起こせないような奇跡を起こす魔法だ。行使するには魔力の他に強い信仰心が必要で、魔力はあっても信仰心のない人がどんなに印を正確に結んでも発動しないようになっている。
「不浄なる者よ、神の御元へと還れ!」
ベルファクトがそう叫ぶと同時、ベルファクトの掌を中心に強烈な白い光が放たれる。光は徐々に大きさを増し、周囲一帯を包み込んでいった。
「一人でこれだけの範囲をカバー出来る……口だけの神官様じゃねえって事か」
そうサークは呟くけど、正直私も意外だった。あんな事言う人が、神官として一流だったなんて……。
――けれど。
「キャッ!?」
収まりきらない光の向こうから、朽ちかけた腕が伸びる。突然の事に反応が遅れた私は、両肩をガッチリと掴まれてしまった。
「クーナ!」
私の両肩を物凄い力で掴み牙を向いたグールに、急ぎサークが駆け寄る。そして一刀の元に、グールの首を胴から切り離した。
首を失ったグールの体が、横向きに倒れる。私は今掴まれた肩の痛みを堪えながら、サークにお礼を言った。
「あ、ありがとう、サーク……」
「どういう事だ!? ターンアンデッドが効いていない!?」
光が収まって周囲の様子がハッキリしてくると、ベルファクトも焦った声を上げる。そう、不死者を再び安らかな眠りに就かせる筈のターンアンデッドの光を浴びてもグール達の歩みは止まらなかったのだ。
「あの色ボケ神官の信心不足、って訳じゃなさそうだな……!」
油断なく周囲に目を配らせながら、サークが舌打ちする。そしておどろおどろしい呻き声を上げながら向かってくるグール達に、単身向かっていった。
「く、くそっ! こんな筈はない、こんな筈は」
後ろでは、焦った様子でベルファクトがもう一度印を結ぼうとしている。そんなベルファクトを、私はキッと睨み付けた。
「効くかどうかも解らない手段にいつまでもこだわらないで! ターンアンデッドじゃなくたって、グールを倒す方法はあるでしょ!」
「……くっ!」
ベルファクトは悔しそうに顔を歪めた後、サークとは反対方向のグールを討つ為に駆け出していった。それを見届けると私は、玉の嵌まった左手に意識を集中させる。
肉体を持つアンデッドを葬る一般的な方法は三つ。首を胴から切り離す事、肉体を焼き付くす事、そしてターンアンデッドで肉体を操る混沌の力を消滅させる事。
このうち、一番最後は今失敗した。なら、残り二つを試すのみ!
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
私は左手に二つの火球を生み出し、馬車や商隊の人達に当たらないよう山なりに左右に飛ばした。火球は辺りを明々と照らしながら飛んでいき、左右それぞれのグールの群れに着弾する。
「クーナ、手を休めるな!」
「うん!」
休む間も無く、私は二発目を撃つ構えを取る。不死者には打撃は効き目が薄いから、私に出来る事と言えばどんどん魔法を撃ちまくる事だけだ。
「どんどん行くよ! 『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
私は左手をかざし、さっきとは別方向に火球を放った。
「……どうやらこれで片付いたか」
顔の汗を拭いながら、サークがこっちに戻ってくる。ベルファクトの方も終わったようで、荒い息を吐きながら姿を見せた。
「何なんだ、こいつらは! ターンアンデッドが効かないグールなど聞いた事がない!」
普段の品行方正な様子とは一転、ベルファクトがそう悪態を吐く。多分こっちが、この人の本性なんだろう。
「俺が知るか馬鹿。それに、気付かなかったのか?」
それに対し、あくまで冷静な態度でサークが答える。それを馬鹿にされてるとでも取ったのか、ベルファクトの苛立ちはますます強くなる。
「何がだ、野蛮人!」
「効いてねえのはテメエの魔法だけじゃねえ。あれだけの炎に曝されたのに、奴らの体は殆ど燃えてねえ」
「……!」
けれどサークがそう言うと、思い当たる節があったみたいでベルファクトが途端に顔色を変える。それはつまり、私の魔法がほぼ効いてなかったって事だ。
「魔法耐性を持ったグール!? 馬鹿な!」
「現実を受け止めろ、色ボケ神官。……だがこんなのが、自然発生する筈がねえ。恐らくは誰かが人為的に……」
――ウオオオオォ……ン!
言いかけたサークの言葉は、再び辺りに響き渡ったおぞましい唸り声に掻き消された。次いでバキバキと、木を薙ぎ倒すような音が聞こえ始める。
「……サーク」
「ああ……どうやらメインゲストのご到着らしい」
その場にいる全員が、音のする方に目を向ける。そして――。
「ウオオオオオオオオオン!!」
体長五メートルほどもある、不格好な人の形をした何かが姿を現した。