幕間 その4
その男に腕を鷲掴まれた兵士の体が、みるみる氷に変わっていく。兵士も、その仲間達も、この世のものとも思えないその光景に、抵抗も忘れて呆然としてしまっていた。
「あ、あっ、あっ」
体の殆どが氷像と化したところで兵士はやっと抵抗の意を見せたが、もう遅い。残りの体もすぐに凍り付き、後には絶望を顔に張り付けた、人の形をした氷だけが残った。
「っち。本当に殺し甲斐のねえ」
男はつまらなそうに舌打ちをすると、無造作に氷像を蹴りつける。氷像は儚く砕け、ただの氷の粒となって霧散した。
「弱ェ、弱ェ弱ェ弱ェ弱すぎる! この世界の軍隊って奴ァこの程度かよ!」
床に散らばった氷の粒を踏みにじりながら、苛立たしげに吼える。
それはあまりに身勝手で。それはあまりに暴力的で。
しかし、それに抗える者など、この場には誰一人としていなかった。
それはあまりに突然で、そして一方的だった。
男は城に現れるや否や、取り押さえようとする兵士達をことごとく氷塊に変え、この玉座の間まで辿り着いたのだ。
触れられるだけで凍り付く。彼らの記憶に、そんな技術はない。
だが目の前のこれは、次々と仲間達が氷像と化していくこれは、紛れもなく現実なのだ。
「……さて」
首をぐるりと回し、男が玉座を睨み付ける。途端、玉座を守るように立っていた兵士達の顔に怯えの色が走った。
「下がりなさい、兵達よ」
立ち竦む兵士達の耳に、落ち着いたトーンの若い男の声が響く。それは、彼らの背後、玉座に座するこの国の若き王の声に他ならなかった。
「し、しかし、王!」
王からの予想外の命に、兵士達の一部から反論の声が上がる。未知の恐怖に駆られながらも職務を全うしようとする彼らに、しかし王は静かに首を横に振った。
「あなた達ではこの者には敵いません。ここで無駄に、命を散らせる事はない。……下がりなさい」
重ねて下される、有無を言わせぬ語調での命。兵士達は暫し迷うような様子を見せたが、やがて、言われた通りに男と玉座の間に道を作った。
「ほう? 往生際がいいじゃねェか。それともテメェ、オレ様とタイマン張れるだけの実力者かよ?」
「まさか。私はただ、これ以上の不要な犠牲を出したくないだけ」
「成る程なァ。同じ上に立つ者として、そういう気概は嫌いじゃねェ」
王の言葉に、初めて男の口元が笑みを形作った。そして大股に歩き、王を見下ろすように目の前に立つ。
「退け。その玉座、オレ様が貰ってやる」
「お断りします。そして、例え私を殺して玉座を奪ったとしても、この国はあなたのものにはならない」
「理由は」
「国は民あってこそ国となる。あなたには民を殺す事は出来ても、民を従わせる事は出来ないでしょう」
見下す男の視線と、見上げる王の視線が交錯する。刹那の沈黙。それを破ったのは、男の笑い声だった。
「ギャハハハハ! いいねェ! オレ様ァ弱ェ奴は嫌ェだが、弱くても肝の座った奴は好きだ! 気に入った!」
顔に獰猛な笑みを張り付け、男が王の胸ぐらを掴んで持ち上げる。途端、それまで恐怖の色が強かった兵士達の空気に殺気が混ざった。
「安心しなァ! コイツはまだ殺さねェ」
突き刺さる殺気にますます笑みを深めながら、男は傲慢に宣言する。兵士達は今にも飛び出さんばかりの様相だったが、王を人質にされているも同然のこの状況では身動きが取れないようだった。
「テメェら全員すぐにブチ殺してこの国をオレ様のものにしてやるつもりだったが、気が変わった! テメェらに、この国を守るチャンスをやろうじゃねェか!」
「ぐ……何を……」
「七日だ。七日くれてやる。その間にどんな手段を使ってもいい、オレ様を殺してみせな。だがもしそれを過ぎれば、王も民も全部、纏めてオレ様の手でブチ殺す」
「……!」
「いいかァ! オレ様は逃げも隠れもしねェ! 精々強ェ奴を掻き集めて、オレ様を殺しに来なァ! ……ギャハハハハ!」
そう言って、青い髪を持つ男――バルザックは、高らかに嗤った。