第10話 波乱の幕開け
集合場所に指定された街の西門に行くと、そこにはもう二台の商隊の馬車が止まっていた。その内の一台、繋がれた二頭の馬の側にいた小太りのおじさんが私達に気付いて振り返る。
「ん? お前らは?」
「はじめまして。今回護衛の任を請け負う事になりました冒険者です」
「はあ!? こんなひょろいエルフと小娘が!?」
小馬鹿にしたような物言いにちょっとムッとするけど、出来るだけ表に出さないように努める。サークは一見荒事には向かない優男風の顔立ちだし、私が冒険者としてはまだ若いのも事実だから、見た目で侮られるのは何もこれが初めてじゃない。だからって慣れはしないけどね!
「ギルドからの認可は降りてます。こちらが遂行書です」
サークの方はもう慣れっことでも言うように、荷物袋からサッと遂行書を取り出し広げてみせる。それを見て、小太りのおじさんは一応は納得してくれたようだった。
「……まあ、ちゃんと仕事をしてくれるんなら文句は言わねえよ。俺はこの商隊を取り纏めているボズってもんだ。くれぐれも積み荷はしっかりと守ってくれよ」
「はい。俺達の命に代えても、積み荷と皆さんの命は絶対死守しますよ」
「それにしても、二人? ギルドからは三人護衛が来るって話を聞いてたんだが……」
そう言って、小太りのおじさん――ボズさんは、改めて辺りを見回す。私達も同様に周囲に視線を向けると、腰に長剣を下げて、真っ白なプレートメイルを着込んだ金髪の男の人が門を出てこっちに歩いてくるのが見えた。
「失礼。こちら、ギルドに依頼された商隊ですか?」
こっちに近付いてきた男の人は、開口一番そう言った。甘いマスクに甘い声。如何にも女の子がキャアキャア言いそうなタイプだ。
「ああ、あんたもギルドが寄越した冒険者か?」
「はい。ウルガル教の神官戦士、ベルファクトと申します。この度は集合に遅れて申し訳ありません」
「いやいや! 寧ろあんたを見て安心したよ! この二人じゃどうにも頼りなくてな」
男の人――ベルファクトさんが頭を下げると、ボズさんが一転機嫌が良さそうに答える。……ここまで露骨に態度が違うと、流石の私もキレそうなんですけど!
ボズさんの言葉に、ベルファクトさんが私達二人を見る。そしてその顔に、優美な笑顔を浮かべた。
「あなた方が今回共に仕事をする冒険者の方々ですね? よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。俺はサーク、こっちはクーナだ」
サークもにこやかな好青年スマイルを顔に張り付けて、右手を差し出す。けどベルファクトさんはちらりとそれを一瞥しただけで、私の前に立って小手に覆われた手を取った。
「あなたのような可愛らしいお嬢さんと一緒に仕事が出来るなんて光栄です。私の事は是非ベルとお呼び下さい、クーナさん」
「!!」
そう言って、手の甲にキスを落とすベルファクトさん……ううんベルファクトに、全身の毛穴が一気に縮まる感覚がする。ベルファクトはそんな私の様子には気付かず、小さくウインクをすると他の商隊の人達の方へ向かった。
「……ううっ、気持ち悪い……」
今キスをされた手の甲を、即行でローブの袖で拭く。多分服の下では、今頃鳥肌が立っている事と思う。
ハッキリ言って、私はああいう気障な男の人が大嫌いだ。表面上は愛想が良くても、腹の底では何を考えてるか解ったものじゃない。
私がそう思うようになったのは、実家にいた頃の人間関係が原因。これでも一応名門のご息女という立場の私は、両親に社交界に連れていかれた事が多々あった。
社交界の人達は皆ベルファクトのように、表向きは恭しくこっちに接してきた。でもその一方で、自分以外は蹴落としてやろうっていう野心も見え隠れしていた。
冒険者になりたいと強く願うようになったのも、そんな社交界の人達にうんざりしていたというのがあったのかもしれない。なので今でも、気障な男の人にはときめきよりも嫌悪感が強く出るようになっちゃってるって訳。
それにあの人、サークの挨拶を無視した。相手の性別で態度を変える人なんて、余計に仲間として信用出来ない!
ちらりと、隣のサークを見る。サークは手を差し出した姿勢のまま、笑顔でその場に固まっていた。
「あんの野郎……絶っ対ぇ〆る……」
そんな物騒な呟きを、私は聞かなかった事にした。