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星空の小夜曲~恋と未来と、少女の決意~  作者: 由希
第2章 中央大陸編
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閑話 その11

「サーク、キスして!」


 と、唐突にクーナが言った。


「……は?」


 と、俺の思考は一瞬停止した。



 鍛練の後。話がある、といつになく真剣な表情のクーナに呼び止められた。

 話はテントの中で、と言うので一旦テントに移動して、向かい合わせに座った。だがクーナは急にモジモジし出して、なかなか話を切り出そうとしない。

 ひとまずは言い出すのに任せようと思って無言を貫くも、いつまで経ってもクーナは話し始めない。流石に焦れて、催促の言葉を口にしようと思った時だ。


「サークっ!」


 意を決したように、クーナが顔を上げた。そして続けて口から飛び出してきたのが――。

 ――冒頭の言葉だったと、そういう訳だ。



「いや……いやいやいや。お前、自分が何言ってるか解ってる?」


 何とか冷静を装い、乾いた笑みを返す。しかしクーナは真っ赤になりながらも、大きく頷いてみせた。


「私は本気だよ。サークとキスしたいの!」


 ぐらり。軽く目眩がした。一体全体、何でこうなった。

 やっぱりサイキョウでのあのキスか。あれで脈があると思わせちまったのか。ああもうどうすりゃいいんだよ!


「あっ……そ、そんな顔しないで。これにはちゃんと理由があるの!」


 どうやら思考が顔に出ていたらしい。戸惑う俺に、クーナが慌てて手を左右に振った。


「……理由?」

「うん、その……私と体液のやり取りをすれば、サークはあいつらに操られたりしなくなるんでしょ……?」


 悲しげに目を伏せ、俯くクーナ。その言葉に俺は、何でクーナがこんな事を言い出したのか理解した。理解、してしまった。

 クーナは、もう二度とあいつらに俺を奪われたくはないのだ。あの有り様を、繰り返したくないのだ。

 だから自分を差し出した。俺の方もクーナが好きだなんて、欠片も気付いてない癖に。

 そのせいで自分が傷付くと――解っている癖に。


 自然と、顔が歪む。クーナにこんな事までさせる自分の不甲斐なさに、心底はらわたが煮えくり返りそうになる。

 何で俺は、神の血を引いてないんだ。何で俺は、ただのエルフなんだ。

 どんなに長く生きたって、惚れた女にこんな思いをさせるんじゃ意味ねえだろ……!


「……お前は、それでいいのかよ」


 気付けば、そう口にしていた。……答えなんて、解りきってる癖に。


「うん……サークの為だから」


 そう、無理してる顔で微笑むクーナ。違うんだ。俺はお前に、そんな顔をさせたいんじゃないんだ。

 俺が、今すぐ想いを告げれば。お前のその顔は、晴れるのだろうか。

 そう考えて、すぐに心の中でかぶりを振る。俺と結ばれて、例え一時は幸せになったとして、きっとそれは長くは続かない。いずれ自分の選択を、後悔する日がやってくる。

 ――どうしても、それだけは嫌だった。


「……解った」


 ただそれだけ口にして、俺はクーナの頬に触れる。勿論クーナの要求を拒む事は出来たし、本来ならそれが最適解だ。

 だがクーナによってもたらされた加護が、何も無しにこのままずっと残るのかは確かに解らなくて。それを思えば、念には念を入れておいた方がいいんだろう。

 ……いや、違う。それも全部は間違いじゃないが、半分くらいは建前だ。

 俺は、ただ、クーナに触れる理由が欲しいだけだ。クーナの想いを受け入れず、それでいて自然にクーナに触れられる理由が。

 ずるい男だ、俺は。クーナを手に入れる勇気も、逆に嫌われる勇気もない。ただクーナの気持ちを、延々と弄び続ける。


 お前が好きになっちまったのは、そんな最低の男なんだ――クーナ。


 掌の中のクーナの体が、ビクッと強張るのが解った。それでもクーナは逃げずに、固く目を閉じる。

 抵抗のないのをいい事に、更に腰に腕を回して近くに抱き寄せれば、クーナの体はますます固くなる。こんな事をされた経験なんてないだろうから、無理もない。

 目に入るのは、化粧っ気のない少し乾いた唇。それなのに綺麗な紅を描くそれから、目が離せない。

 親指でそっと下唇をなぞると、クーナの体がまた、びくりと震えた。そんなうぶな反応一つ一つが――たまらなく、いとおしい。

 自分の胸の鼓動が早まるのを感じながら、俺は、クーナの唇にそっと自分の唇を重ねた。そこからすぐに離れて、もう一度。啄むような小さなキスを、何度も何度も重ねる。


「……ぁ……」


 触れるだけのキスに次第にクーナの体から力が抜け、薄く唇が開く。それを逃さず、俺は僅かな隙間に自分の舌を差し入れた。


「……っ!」


 腕の中で、再びクーナの体が強張った。二人の体の間に挟まるクーナの手が、縋り付くように俺の胸元を強く握る。

 口の中なんて本来何の味もしない筈なのに、舌に蕩けるような甘さが絡み付くように感じるのはクーナへの想い故か。まるで甘美な酒のようなその味に、理性がぷつり、ぷつりと切れていく感覚がするが、もう引き返せない。

 始めは歯茎を味わうようにしていた舌は、すぐにクーナの舌を深く絡め取り貪り始めた。初めての蹂躙についていけないのか、クーナはただ縋る手だけに力を込めされるがままになっている。


 欲しい。もっと深くまで。

 クーナの総てを奪い尽くして、全部、俺だけのものにしてしまいたい――。


 ――トン。


 その時、軽く胸を押される感触に、俺はハッと我に返った。急いで唇を離せば、舌同士を繋げる唾液の糸にも気付かない様子で、クーナが急いで息を吸い込み始める。


「ぷはっ! ハァ、ハァ……」


 涙目で浅い呼吸を繰り返すクーナに、頭の中は一気に罪悪感で染まる。――今、俺は、何をしようとした?

 クーナが、息苦しさに俺の胸を押さなければ。俺はあのまま、欲望のままにクーナを……。


「悪い。……深くしすぎた」

「う、ううん、私も、慣れてなかった、からっ」


 必死に呼吸を整えるクーナの背を、軽くさすってやる。しかしクーナの上げられた瞳が俺を映した途端、クーナは顔を真っ赤にして立ち上がった。


「あっ……今日私が食事当番だよね! 支度してくる!」

「あ、おい……」


 呼び止める間もなく、クーナは足早にテントを出ていってしまう。宙を掻いた俺の手が力無く下に降り、釣られるように視線も地面へ向かう。


「……何をやってんだ、俺は……」


 胸の苦しさと共に吐き出した言葉は、冷え始めた空気に溶けて、消えた。

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