第87話 大賢者クラウス・アウスバッハ
「まずお前は、玉をどういうものだと考える?」
クラウスさんの問いに、私は暫し考える。そして、思ったままの事を言った。
「えっと……魔法を使う為のもの……?」
「違うな。玉とは自らの魔力の具現化を補助する為のものに過ぎん。言わば触媒だ」
「……えーと……?」
「料理を形作る為のつなぎだと思えばいい」
「あっ、成る程!」
教典よりも解りやすい説明に、私でもクラウスさんの言いたい事が理解出来る。要するに魔力という材料を玉で繋ぐ事で、魔法という形になる……きっとそういう事だ。
「聖魔法ならば定められた印と信仰心、霊魔法ならば精霊との仮契約。それらが触媒となり、魔法という形を成す。玉魔法にとってはそれが玉。それだけの話だ」
「魔法に重要なのは、玉の方じゃないって事?」
「そうだ。つまり玉以外のものをつなぎに使えば、玉に頼らずとも魔法は使える」
そこまで聞いて、私は落胆した。きっとクラウスさんは、今まだこの時代にはない練魔法の事を言いたいのだ。
でも自分の魔力だけを使う練魔法の威力は、他の魔法とは比べるべくもない。いくら極めたって、強くなんてなれないのに……。
――ガサリ。
「!!」
その時何かが蠢く音を聞き、私達は即座に立ち上がった。どうやらまた、新手の魔物が現れたらしい。
「……丁度いいな。実際にやってみせてやる。少しの間持っていろ」
けれどクラウスさんはそう言うと、私に持っている杖を押し付けた。え、これじゃクラウスさん丸腰……。
まさか、練魔法であの巨大ムカデを!? い、いくら何でも無茶だよぉ!
そう思ってクラウスさんを止めようとするけど、その前に、音の主が姿を現してしまう。それを見た瞬間――私の言葉が、止まった。
大きかった。今までのムカデは体長十メートルぐらいだったけど、このムカデは更にその倍くらいはありそうな大きさだった。
虫系の魔物には変異種とはまた違う、『マザー』が存在してるらしい。多分、こいつがそのマザーなんだと思う。
こんなのに練魔法で立ち向かうなんて、絶対に無理だ! は、早く、クラウスさんを止めなくちゃ!
「ク、クラウスさん、下がって!」
「――『走れ迅雷、我が腕に集いて轟雷と化せ』」
「え……?」
クラウスさんとマザーの間に割って入ろうとしたその時、聞こえた詠唱に、私は足を止める。……練魔法の詠唱と、違う?
疑問を抱く私の目の前で、クラウスさんの右手に雷が集まっていく。それは玉を使った時と遜色ない……ううん、もしかして玉を使った時よりも大きい……?
「『出でよ雷獄の檻! 総てを灰塵に帰せ!』」
「キャッ……!」
クラウスさんがそう唱え終わると同時、右手から迸った激しい雷がマザーの全身を覆い尽くした。マザーはのたうつけど、雷が檻のようになってマザーを逃がさない。
そして、雷がやっと治まった時――。そこに在ったのは、巨大な黒い塊だけだった。
これは、何? クラウスさんは、一体何をしたの?
私はただ呆然と、クラウスさんを見つめるしか出来なかった――。