拾って育てた娘が冒険者になったが、心配だったので《賢者》は若返りの薬を使うことにした
《賢者》――レディウス・クロッカスは晩年に、長く勤めていた《宮廷魔導師》を引退し、人の少ない田舎の方へと向かっていた。
すでに六十を超える年齢ではあるが、その足取りはしっかりとしている。
ようやく、これから第二の人生を迎えようというところであった。別にやることを決めているわけではない――伸びた髭を撫でながら、レディウスは今後のことを考える。
「ふむぅ、何をしようかのぅ。一先ずは、芸術の道にでも――ん?」
考えながら人里離れた森を歩いている時のことだった。
複数の魔物の気配と、今にも消えそうな『人の気配』。誰かが襲われているのか……レディウスは反射的に『強い魔力』を放つ。
それはただの威嚇だ――だが、放たれた魔力を感じ取った魔物達は一斉に逃げ出していく。
この森にいる程度の魔物であれば、おそらくは威嚇するだけで相手にする必要もないだろう。
レディウスは人の気配のする方向へと歩いていく。そこにいたのは――
「まさか、赤子だと……?」
籠に入れられた、小さな命がそこにはあった。
まだ生後間もない人間の子供だ。どうしてこんなところに捨てられているのか――いや、ここだからこそ捨てるという選択肢を取ったのかもしれない。
どういう事情があるにせよ看過できることではないが、この世界では子供を捨てるということは特段珍しい話ではない。
貧困であるがゆえに、子供を育てることができないのだ――かといって、施設に預けるという選択を取ることもできない。
そして、捨てられた子供達は孤児となる。多くの孤児を見てきたレディウスだからこそ、それはよく理解していた。――レディウス自身も、孤児であるからだ。
ここに捨てられた赤子は、孤児になる以前にレディウスが通らなければ死んでいたことだろう。籠の中から、そっと子供を抱き寄せる。
少しだけ頬が赤い。熱があるのか……呼吸も弱く、早々に手を打たなければならない状態であった。
「ふむぅ……仕方ないのぅ」
レディウスは赤子を抱えたまま、歩き出す。
一先ず近くで休めるところを探して、赤子の治療をしなければ。
それが終われば、一度国に戻ってどこかの孤児院に預けるか……そんな風に考えていると、
「だぁ」
「!」
いつの間にか意識を取り戻したのか、赤子が笑顔でレディウスの頬に触れた。
――赤子というのは周囲の環境に敏感だ。今の状況であれば、意識を取り戻したのならすぐに泣きだしてもおかしくはない。体調も悪いだろうに、それでも赤子が見せたのは笑顔であった。
「ほほっ、随分と強い子だ。お主は……」
その時、レディウスの中にある考えが浮かぶ。
(どのみち、これからやることを決めるつもりだったしのぅ)
――これからの余生、一人で静かに暮らすつもりであった。けれど、ここで出会ったのも何かの縁だ。この少女を、自らの娘として育ててみるのも悪くない……。レディウスには、家族という家族はいなかったのだから。
「そうだな……お主にはいつか、わしから《魔法》の手解きをしてやろう。生きていくのに困らないくらいの、な」
こうして、賢者であるレディウスは一人の『女の子』を育てることにした。
少女にはメリィという名を与えた。――かつてとある国を救った、英雄と同じ名だ。それくらい強い子になってほしいという、願いを込めてだ。
――それから、月日が流れるのは早かった。
五歳になる頃にはすっかり魔法を使えるようになったメリィは、みるみるうちに実力をつけていく。
「見て、父様! 火!」
「ほほ、よくできておるのぅ」
「えへへー、すごいでしょ!」
魔法を使えるようになって、自慢げに見せるメリィ。歳はそれこそ祖父と孫くらい離れているが、娘という形でレディウスは彼女を育てた。
近くの村へ連れて行って農家を手伝うこともあれば、一緒に魔法の訓練がてら狩りに行くこともある。
そんな生活をさらに続け、メリィを拾ってから十五年が経ったある日のことだ。――彼女は、旅立っていた。
《冒険者》になって、色んな困っている人を助けたいというのが、彼女の夢だということは知っていた。
気付けば、レディウスもそんな娘をずっと応援するようになっていた。……同時に、大きな心配事がある。
「大丈夫だろうか……一人で」
娘はいつまでも年老いた自分には頼れない、と独り立ちすることを選んだのだ。だが、彼女はそれなりに実力のある《魔導師》になり、剣の腕も立つようになったが……それでもレディウスから見ればまだまだ子供だ。十五歳という年齢は、冒険者になることできる最年少の歳。
「父様に頼らなくても、立派な冒険者になってみせますから!」と笑顔で旅立ったメリィの顔が、数日経っても忘れられない。
「ふむぅ……しかし、な」
――自分が年老いた、というのは事実であった。
あれから十五年……すでに七十五歳となったレディウスの身体は、少し動いても疲れを感じてしまう。まだまだ賢者としての実力は十分にあるが、確かにいつ動けなくなってもおかしくはなかった。
……娘を見守ることのできる立場に、自分はもうない。そう考えると、とても寂しい気持ちと共に、ずっと彼女を心配する気持ちだけがあった。
やがて、レディウスは一つの決断をする――
「よし、作ってみるか」
それは実力のある魔導師であれば、一度は通る道だ。人間の一生は短い――だからこそ、《転生》という禁断の魔法の研究に時間を費やすものもいる。
それはあくまで、新しい肉体を手に入れた進化への道だ。
だが、レディウスにとってはその道は必要ない――必要なのは、時間だ。
娘のメリィを見守るだけの時間……自らの知識を使い、作り上げたのは《若返りの薬》であった。
本来であれば、自然に身を任せて死を選ぶ――それが、レディウスという男の生き方であった。
だが、晩年に出会った娘の存在が、彼の根底にあった考えも変えてしまったのだろう。
少しだけでも若返り、見守ることができれば……そう思っていた。
その翌日の姿は、レディウスの想像を超えるものであった。
***
冒険者ギルドから、一人の少女が出てきた。
手に持つのは冒険者の証――それを見ながら、少女はにやりと笑みを浮かべる。
「ふふっ、これで今日から私も冒険者ですねっ!」
少女の名はメリィ・クロッカス。《賢者》と呼ばれるに育てられた少女であった。
そんな彼女は、これから冒険者としての第一歩を踏み出していく。目指すは、父であるレディウスを超えるような存在になること。
そのために、最初の依頼をこなそうとした時のことだ。
「そこのお嬢さん、ボクとパーティを組まないか?」
「……? 誰――」
メリィは振り返る。そこに立っていたのは、一人の少女であった。
「今しがた、冒険者ギルドで依頼を受けただろう。ボクも同じ依頼をしようと思っていて――ん、どうした?」
「か……」
「か……?」
「可愛いぃ! なに、あなた!? その見た目でもう冒険者なんですか!?」
ひょいっとメリィによって、少女は軽々と持ち上げられてしまう。
「な、おい! 何をする! わし――ではなく、ボクの身体を持ち上げようとするな!」
「えー、だってこんなに小さい子が冒険者だなんてビックリですよ! お姉さんと一緒に冒険したいってことですか? もちろん、本当に冒険者になれる年齢ならいいですよー」
にこやかな笑みを浮かべながら、メリィは少女の頭を撫でる。
少女がしかめっ面を浮かべながら、嫌がる素振りを見せていた。
それでも、メリィは少女を愛でることをやめない。
「こ、こら! 何をする!?」
「初めて会ったはずなのに、何だか懐かしい感じがしたので」
「! そ、そうか……?」
こうして、メリィは小さな冒険者の少女と手を組むことになる。
――見た目十歳にしか見えない少女の正体が、父であり賢者のレディウスであると知るのは、ずっと先の話だ。
賢者の育てた娘と、過保護すぎる賢者お爺ちゃんがTS幼女と化して娘とパーティを組み、近くで見守りながら時々本気を出す、そんなファンタジーが書きたかった……という短編です。