プロストーカー
「俺、明日からのセンター失敗したら結婚するんだ。」
「わたしとですか?」
「うん。」
「もしかしてプロポーズされてます?」
「でもあれだぞ、俺にとっては最悪の事態だからな。結婚って、ペナルティで言ってるからな。」
「先輩ひどい。」
センター試験を明日に控えた僕は、あいも変わらず後輩につきまとわれながら家に帰っていた。
「だいたい二年はまだ授業あるはずだろ?三年は明日のために早く下校するけど。」
「わたし授業抜け出しちゃいました。」
なぜか誇らしげに彼女は言った。
「先輩つれないじゃないですか。早く帰るならそうと言ってくれればいいのに。」
「言ったら授業抜け出してでも来るだろ?」
「はい。」
「まぁ、言わなくても来たけど。」
「もちろんです。わたしは先輩公認のプロストーカーですから!」
自信満々にこんなことを言う彼女は、会った初めの頃は、僕の出ている授業にまでついてくるとんでもストーカーだった。なんとか彼女を説得して、授業は自分のクラスで受けてくれるようになったが、朝、帰り、休日に至るまでだいたい僕の近くには彼女がいた。
だからいつの日だったか、僕は彼女のことをプロストーカーと命名した。
「でも先輩、わたしでセンター試験に保険かけてるってことは、そんなに自信ないんですか?」
「自信がないって言うか、不安っていうか…。よくあるだろ?マークずれたらどうしようとか、問題の傾向変わってたらどうしようか、とか。っていうか受験で人生決まるとか考えちゃうと…やっぱり不安なのかな。」
毎年、多くの受験生の悩みの種となるセンター試験だが、僕も例外ではなかった。毎年行われるマイナーチェンジ、試験会場での緊張、寒さ…。言い出したらきりがない。それに加えてとにかく僕には自信がなかった。点数はそれなりに取れるようになってきても、それでも自信が持てなかった。
「でも大丈夫ですよ先輩。」
「その心は?」
「今年失敗して浪人したら、わたしと一緒に受験生できます。」
「それは出来るなら避けたい。」
「なんでですか!わたしじゃダメなんですか!」
「それもあるけど…。後輩と一緒に受験するのは、プライド的に嫌。」
「そうですか…。色々残念です…。」
そんなに残念がらないでくれ。こっちは明日試験なんだ。
でも彼女に言ったことは半分本心だ。浪人は彼女の前では避けたい。ちゃんと先輩らしいところを見せたい。
「じゃあしょうがないです。先輩、明日は頑張ってください。」
「しょうがなくなくても頑張るけど。」
「じゃあもっと頑張ってください。わたしはプロストーカーなので、先輩を追いかけなきゃいけないんです。先輩に浪人されちゃ困ります。先輩が第一志望に受かって、それをわたしが追いかけさせてください。」
励ましてるのか、自分の都合のいいように持って行きたいのかわからない。でも、ちょっと励まされてしまった。
「大学まで追いかけてくるの?」
「プロストーカーですので。」
そう言って僕の前で振り返りながら彼女は笑った。
僕には自信はやっぱりない。不安で今にも倒れそうなくらいだ。
でも、彼女はそんな僕を目標にしてくれていた。
へこたれてなんかいられない。怖気付いてなんかいられない。
彼女よりも先に、いや前に、大学に行かなきゃならない。
それが彼女がくれた一つの答えだった。
「ありがとな」
「なんのことですか?」
そう言って彼女はとぼける。いつものことだ。
「先輩、明日は何時に出るんですか?」
「7時前には出るつもりだけど。」
「会場までお伴します。」
「いや、来なくていいから…せめて駅までにしてくれ。」
「ふふ、了解です!」
翌日早朝、僕と彼女と駅へ向かった。
駅のホームで、太陽の光とともに手を振る彼女に合図をしながら、僕は会場へと向かう。