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紫苑  作者: 湯きりだんご
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花、開く

 私がルカに惚れるのは当たり前で自然の流れだった。


 異国からやってきた言葉も文化も、髪も肌も顔立ちも違う私を何の抵抗もなく受け入れて色んなことを教えてくれ、優しくしてくれてどうして惚れないでいられるだろうか。

 言葉を教えてくれ、この国の常識、マナー、習慣早く周りの子供たちに馴染むように子供たちの間で流行っている遊びも教えてくれた。最初はあまり良いとはいえない居心地だったのにルカのおかげでそんなことなどすぐに忘れ去っていった。


 しかし皆が皆ルカのようではないというのを私は忘れるべきではなかった。


 近くの丘に綺麗な花が一面に咲いているから見に行こうと誘われ、わくわくしながら待ち合わせ場所に向かっていると後ろから思い切り蹴飛ばされた。「うわっ!」と悲鳴を上げそのまま前に倒れこんだ。突然のことで頭が追いつかず怖くて混乱していると後ろから声がする。


 「あははははは!このくらいで転ぶなんて貧弱だなぁよそ者!」

 「髪が黒いなんて不気味ー!あぁそっかお前よそ者だもんなー」

 「なあ、こいつのしゃべっているところ聞いたことあるか?変なしゃべり方なんだぜ!」


 振り返ってみるとそこにいたのは近所の子供たちだった。前々から外へ出るたびにじろじろと嫌な視線をよこしていた子供たち。


 「なんだよ、何か文句でもあるのかよそ者」

 「よそ者のくせに歯向かうのか?!」


 わあわあと、私を罵り続ける。よくもまあそんな言葉が口から出せるなと思うような酷い言葉が次々と出てくる。我慢ができなくてやり返そうとこぶしをぐっと強く握った。

 けど、やり返そうとした瞬間におばあちゃんとの約束を思い出す。


「シオンあなたはこれから・・・・・もしかしたらだけど、酷いことを言う人に出会うかもしれない。けどね、やり返しちゃだめよ。あなたもその人と同じになっちゃうから」


 口をぎゅっと結んで必死に耐えた。酷い言葉を投げかけてくる子たちはそれをいいことに更に酷い言葉をぶつけてくる。もうその時の私の心はぐちゃぐちゃで熟れ過ぎて腐り、潰れた柔らかい果物のようになっていた。

 

 すると、がしゃん!と大きな何かが落ちる音が聞こえた。気づかれないようにそろっと音のした方向を見てみると体格のいい男の人がこちらに走ってくるのが見える。そして直ぐに状況を把握したのか物凄い勢いでやってきて大きな声で怒鳴った。


 「お前たち!何をしているんだ!」


 怒鳴られて驚いた子供たちは不味い、という表情をしたかと思うとすぐさま逃げ出す。

 「あぁ!こら待て!」とその人は大声で引き止めようとするがそれに従うはずもなく、すぐに姿は見えなくなった。


 そのあと、私は助けてくれたその人におぶられて家へ逆戻り。その間その人はなにも聞くことはなく静かに家へと送り届けてくれた。

 家の前に着いたときその人は小さく一言


 「君は強くて、高潔な子だね」と優しく言われた。


 転ばされ血が出て痛む膝と、酷い言葉をぶつけられてぐちゃぐちゃに痛む心を、それまで我慢して泣かないように歯を食いしばっていたのにぽろっと涙が出てしまい、ぐずぐずと鼻もすすってしまった。きっとばれていただろうに、その人は何も気づかないふりをしてくれた。



 それからおばあちゃんに手当てをしてもらい部屋に篭って故郷の本を読んでいるとルカがやって来た。

 約束を破ってしまったことを謝ろうと思い話していると突然、ルカが私の髪を好きだと言ってくれた。真っ黒で、綺麗で・・・・・

 嬉しくて堪らなくて、泣きそうになるのを必死に我慢した。ルカをちらっと見てみると緊張しているのか顔が少し赤くなっている。

 さっきまで暗い海のような底でぐちゃぐちゃになって沈んでいた心がルカの一言で・・・・・・


 このとき私はもう、ルカが好きだと認めざるをえなくなった。




 窓から射し込む柔らかい日差しに懐かしさを覚え、私の意識は遠い過去へと飛んでいた。


 「どうしたの?」


 向かいに座って紅茶を飲んでいた幼馴染の声が私を遠い過去の記憶からこの場へと引き戻す。


 「あぁ、いい天気だなと思って。少しぼうっとしてた」

 「シオンがぼうっとするなんて珍しいね。でも本当、今日はいい天気だ。日差しもそれほど強くないし」


 穏やかに笑う幼馴染にほっとする。お互いやっと同じ日に休みが取れて三ヶ月ぶりに会っているというのに遠いところへ意識をやっていたなんて知れたら、目の前にいる幼馴染は怒ってしまうだろうか。

 嫉妬して欲しいなぁ、と心の隅にある他人には知られたくない欲深い感情が動く。


 ルカに恋していると自覚してあれから十八年がたっていた。

 けれど想いを伝えようとはしない。


 このまま想いに気づくことなく、今順調に進んでいる子供のころからの夢だった仕事をこのまま歩んで、好きなことを精一杯やって。

 もし、もしも・・・・・・愛する人が出来たなら、その時は心から祝福しよう。今は仕事ばかりでそんな浮いた雰囲気は全くないけれど、いずれは結婚し、子供ができるんだろう。



 出来ることならルカの歩む道に余計な苦労がなく、心が痛めつけられることがなく多くの幸福があることを。















そう思ってたのになぁ・・・・・・・・



 いま、泣いているルカを抱きしめている。あのルカが。私の前では年上らしく格好つけようとしていたのに、こんなに感情をむき出しにして、相手を試すような言葉をぶつけて泣いている。


(何で気づいちゃったんだよ・・・)


 ルカを抱え込むようにして抱きしめているから私の表情はバレていないだろう。もし、見られでもしたら私が今まで築き上げ、塗り固め隠した想いがすぐに分かってしまう。十八年の私の努力が一瞬で崩れ落ちる、それだけは避けたかった。

 だって、いまの私の顔は絶対に情けないだろうから、嬉しいような悲しいような、ぐちゃぐちゃになった感情はもう隠せていない。





 「私は、私は・・・結婚する、貴方とじゃない誰かと!前からそういう話は来ていた、けど、私はずっと仕事をしたいから、断ってた。私はその相手をちゃんと、愛して、家庭を築く・・・いずれ、いずれ子供もできたらその子も愛して立派に、育てて、みせる・・・幸せになってやる、シオンじゃないっ・・・誰かと・・・・・!」


 嫉妬してくれと言っている言葉に不謹慎にも嬉しくなってしまう。ずっとずっと欲しくてたまらなかった感情の一つをくれて、私を想い涙を流しているというのに、私はその想いに答えられない。

 本当に、どうして気づいてしまったのだろう、気づかなければあなたはこんなに傷つくことも、私を試すようなことも言わずに済んだのに。なんの後悔もなく幸せになれただろうに。

 これからいなくなる・・・二度と会えなくなる者に抱くこの感情は、あんまりだ。この世はなんて無情でどうしようもないほど残酷なんだろう。いなくなる私と違って、あなたはこの想いをどう抱えて生きていかなければならないのか。


 殴りつけるように、刺し殺すように私へ放った言葉は見事に私の心に刺さりじくじくと、一生癒えないだろう痛みと熱を与えた。


 最後の最後で私の欲しい想いを、一生癒えない痛みを私は、もっともっとその痛みが欲しかった。一生消えない傷跡を残して欲しい、ルカの苦しみがすべて流れ込んで私へ刻み付けて欲しい。

 

 けれど矛盾した厄介な想いが騒ぎ出し、一瞬だけ揺れた心が溶け出してしまった。溶けた心は口をついて私の想いを伝えた。

 最初で最後の我が儘だ。恐らくこの先この言葉の意味を知ることはないだろう。本当は知ってほしい気持ちもあるけれど。



 今はなきあの美しい故郷の言葉を、私の想いを乗せてルカへと捧げた。


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