芽
ある日の朝、いつものように両親と私の三人で朝食を食べていた。母の作った炊き立てのご飯に甘い卵焼き、油揚げと豆腐がたっぷり入ったお味噌汁、私は特に甘い卵焼きが大好きでそれが食卓に並ぶとそれはもう飛び跳ねるほど嬉しかった。
その日も甘い卵焼きが出ていたからもちろん弾みながら食卓へと向かいいつものように食べていると、やけに父と母が私を見るなと思った。私の一挙一動、卵焼きを一口大に切るところ、お味噌汁をすするところ、口に運ぼうとしてこぼしてしまった米粒さえもじっと見つめているのではないかと思うほど。それが落ち着かなくてちらちらと二人を見るけれど変わらず見つめている。
そこではっとした。もしかして食べている最中に顔に何かくっつけているのではないかと、しかしぺたぺたと触っても何かついている感触はしない。不思議に思っていると私の行動を見ていた両親がくすくすと笑い出す。それにむっとなった私たまらずに聞く。
「さっきからどうしたの?わたし、何か変なの?」
不機嫌さを隠すどころか全面に押し出した、なんとも子供らしいといってはらしい態度に両親はそれすらもおかしいのか小さく笑った。
「ごめんね、シオンがあんまりにも可愛いからついつい見つめちゃってた」
母がにっこりと笑みを浮かべて言う。それに父も共感したのか、うんうんと大きく頷く。そんな二人の様子に照れるような恥ずかしいような、よくわからないそわそわした気持ちが胸から顔へ一気に駆け上がり熱くなった。
「お、お母さんお父さんも何言ってるの!早くご飯食べよう!今日はおばあちゃんとお出かけするんでしょう!」
照れているやら恥ずかしいやらで私の顔は多分変になっているだろうから見られないように少し下を向き、ご飯の入った茶碗を顔が隠れるように上向きに持ってはいるけれど、あくまでも普通に食べているかのように装う。
そんな私の様子にますます両親は笑うだけだった。
二人ともなんだか変だ、言いようの無い違和感に落ち着かなくてほんの少し怖く感じた。
朝食を食べた後、前から両親に行きたい、行きたい!とおねだりしていた博物館に行き、お目当ての海の生き物展を見て回ることが出来て私は有頂天になって弾むように歩いていた。後はこのまま帰るだけだが気持ちが高ぶってこのまま家に帰るのは勿体ない気がしたけど、我が儘を言ってはいけないと思い高ぶった気持ちは弾ませた足取りに乗せて消化しようとする。
そんな私に気づいたのか気づいてないのか父が「これから港にいこうか」と言い出した。私はまだお出かけが続くんだと思いそのことが嬉しくてつい間髪入れずに「行きたい!」と大きな声で答えた。
港に着いた私は初めて見る大きな船にさっきまでの弾む足取りを忘れて立ち止まり、呆気に取られてじぃっと見つめる私に上から声がふってきた。
「シオン、これからおばあちゃんと二人でこの船に乗ろう」
初めて見る大きな船に圧倒されぽかんと口を開け眺めている私に母が唐突に語りかけてきた。
私は訳が分からず首を傾けると母は少しだけ困ったように笑う。
「この船はね、今からおばあちゃんの故郷に行くの。この機会を逃すともう行けないのよ。お母さんとお父さんはお仕事があって一緒に行けないけど、いい子にできる?」
優しく、けれど有無を言わさぬような空気を纏い、なだめるように私に笑いかける母を見て、行くのならどうしておばあちゃんと私だけなの、お母さんと父さんは、皆で行けないの?どうしていきなり?今日お出かけしたばかりだよ、一度お家に帰らないの?・・・そう思ったし、聞こうと思った。
しかし口から出たのは「うん」とだけ、その言葉しか許されない気がして他に答えられなかった。
母の・・・いつもの明るく弾けるような雰囲気とは違っていたし、なんだかとても怖く感じた。もしかしたら子供ながらに私は母と父を困らせたくはなかったのかもしれない。すると父が私の頭をゆっくり撫で
「ごめんね、本当は皆でいきたいんだけど・・・お父さんとお母さんの我が儘を許しておくれ」
そして私の目線と同じくらいの高さまでしゃがみ私をぎゅっと強く抱きしめる。
「大人になったシオンを、見てみたかったなあ・・・きっとお母さんに似て素敵な大人になるんだろうなあ」
父が小さく絞り出すようにそう言った途端、母がばっと勢いよく横から父ごと私を抱きしめた。
「何言ってるの!私と貴方の子なんだから当たり前よ!」
二人は声を出して笑う、その様子は傍から見ると楽しそうに絵に描いたような家族に見えるだろう、けど私はその時とても、とてもどうしようもなく泣きそうになった。
なんとなく私はもう帰ってこられないだとわかった。
そして港に着くまでの道のりにあった五分咲きの桜を見て私が両親にお願いをしたときにどうして悲しそうな顔をしたのかやっと理解する。
それならばせめて・・・と私は両親に言う。
「じゃあ、お父さんとお母さんはお花見やってね。ちゃんとお団子も食べてね」
ちょっとだけ悔しそうにした私に両親はまた笑い出した。
そして少しだけ泣いているようだった。