天才
狂崎 狂介は議会にしぶしぶ出席する。
すでに三回も連続で欠席している。そろそろ上層部に睨まれかねない。
整然と羅列した席は向かい同士と合わせて十二席。
自身と対になる場所には橘が座っている。
狂助は興味なさげに、彼女の隣をみた。
彼女の隣席には、現在進行形で発言する雅乃がいた。
ふんわりした、浮世離れした空気を放つが凛とした核を備えているのが分かる。
狂助は足を組んで、ただ眺めていた。
俺にはいずれにしろどうでもいい事だ。
「近頃、特区にて異能が使えなくなる事件が多発しています」
だから、どうしたというのだ。
机上で、人差し指が忙しなく動く。
静粛な雰囲気。
それぞれのメンバーから発案が為される。
最奥に座る白髪頭、最上がその赤い目で狂助を見た。
「どうだい狂助。キミなら良い案があるんじゃないかい?」
問われても尚、なにもない中心の空白から視線を外さない。
「興味ない」
端的な回答。
なぜ俺がこんな瑣末な問いに答えねばならない。自分達で考えられる問題であるならば、俺に訊くのはお門違いも甚だしい。
不動が武士みたいな面で睨んでくる。
「おい狂崎。彼は議長だぞ」
当の本人は我関せずの顔だった。
笑顔を絶やさない最上は「いいんだ」と言った。
他のメンバーも欠席している数人も含めて、全員彼のことを嫌っている。
だが、最上だけはそのそぶりも見せなかった。
いやな男だ。
狂崎は溜息を吐きたくなる。
あの無欠の顔を墨で塗りたくってやりたい。
俺は嫉妬しているのか。
いや、違うな。これは単純に受けつけないだけだ。
完璧ゆえに、俗が考える完璧主義なんてものに当てはめるのも難しい最上の存在自体が。
どうにも脳で同じ人間にカウント出来ているかも怪しい。
所謂アルビノだったという外見もある種の神聖さを放っている。
会議が終わる頃にはもう日も沈んでいた。
春の季節は夕暮れが早いものだ。
狂助は一人、誰もいなくなった議席に座っていた。
壁にかかった時計を見る。
チクタク煩いな、誰か外せよ。
会議場の扉が擦れる音がする。
どうせ掃除係か何かだろう。もしくは無能なメンバーが忘れ物でもしたか。
どちらにせよ、どうだっていい。
狂助は目もくれずに、背もたれに背をぴったりつける。目を閉じて余計な情報をシャットアウトする。
この街で起きている異変。
異能の消失。
原因は不明。ある日唐突に失われるという。
怠惰なる議会メンバーたちはこの程度しか話をしていなかった。
「情報が少なすぎる、だろう?」
ぱっと振り向くと、隣には最上が座っていた。
「なんのようだ」
邪魔だ、と暗に言っている。
しかし白髪の青年は気にする風もない。
狂助は思わず頭を掻き毟りたくなる。
どういうつもりだ。俺に関わってくるな。面倒なんだ。他人に合わせるのも疲れるし、他人は俺についてこれないのだから。
「僕は、キミの気持ちが理解出来なくもない」
ぽつりと呟かれ、視線だけを彼に送る。
「この俺の感情が分かるだと、思い上がるなよ最上」
「ふふふ」と楽しげに彼は笑った。
「周りの人間が自分より劣って見えて仕方ないんだろう」
虚を突かれて、思わず首を動かし顔を見る。
「僕もさ」
彼の目線はなにもない部屋の中心を見ている。しかし、彼の眼に映るのは遥か彼方のなにかだった。
狂助は以前より、最上から普通とは違う異質なものを感じ取っていた。おそらくはほかの生徒もそうであったろう。
それがいま確かに顕在化した気がした。
皮肉っぽく狂助は口角を上げる。
「お前は完璧な人間だと思ってたよ」
「はは、人はみんな僕をそう誤解してるみたいだけど」
一呼吸置いてから「そんなことはないさ」と言い切った。
「ふん」と狂助は鼻を鳴らした。
この男が俺に対して言い当てたことは概ね正解だ。そうとも俺は他人が無能に見えて仕方がない。
そんな俗な自分に嫌気がさす。もっと周囲から隔絶していたい。俺は俺を愛している。おそらく俺より優れた人間はそういない。
当然、目の前の男は例外だが。
最上は学区における最高機関・学徒評議会の首席。つまり頂点であり、常人ではたどり着けない神域に手をかけている。
少なくとも、俺はそう認識している。
「君も、僕と同じ匂いがしたんだ」
「知るか」
狂助は吐き捨てた。
「僕はね、人に尽くすために生まれたんだ」
相変わらずのポーカーフェイスで最上は喋る。
「狂助、キミもね。たぶんそう言う類のものだよ」
俺が?なんで俺が人に尽くす必要がある?
持って生まれたこの頭脳を誰かのために利用しようなどとは思わない。
俺は損得勘定ばかりが先行する合理主義者だから。
眉をひそめる狂助に青年はあの眼差しで説く。
「今はまだ分からないだけさ」
「は、適当だな」
嘲りに似た笑いを浮かべる狂助。
そこから平然と最上は言った。
「狂助は友達いるかい?」
「あ?」
なんだこいつ。会話の流れも文脈もあったもんじゃない。そもそもこの俺の様子で判断など容易だろうに。嫌味か。だがこの程度のことを間に受ける俺でないことを、最上なら更に容易に見通せるはずだ。
「友達にならないかい?」
「誰とだよ?」
「ああ、僕とだよ」
「は?」
何言ってんだこいつ。
狂助の思考が珍しく停止する。あるいは
脳が回転しすぎて処理落ちしたのかもしれない。
最上はひょいと席を立ち上がって、ひらひら手を振った。
「それじゃあ考えて置いて」
そう言い残して彼は議場から姿を消した。
今回の議題だった事件よりも、よっぽど謎が深いと狂助はため息をついた。